第5章「世の終わりのための四重奏」 3-2 地下を行く
転がるようにストラから離れて地面へ立ったプランタンタンが、胸を押さえて薄緑に光る眼を急流へ向けた。
「ま、魔物ですか?」
フューヴァは一瞬しか認識できなかったが、デカイなにかが襲ってきて、ストラが撃退したことだけは理解していた。
「うん」
答えながら、ストラはまだ気絶しているペートリューを地面へ寝かせた。また、照明球の数を増やし、五つの球を広範囲に飛ばしてフューヴァの視界を確保する。
「広いですね……」
ここには地上からの光が届くような穴も無く、完全に真っ暗だった。ストラの照明球でも、地面と岩壁、川面の一部の他は闇しか見えない。激しく川の流れる音だけが響いている。
「旦那あ、タンチ魔法で、出口は分かるんでやんすか?」
「微妙」
「微妙」
ストラにしては珍しく曖昧な答えで、プランタンタンが思わず復唱してしまった。
「既に、フィーデン洞窟エルフの勢力範囲内。地上で私達を襲ったのも、フィーデン洞窟エルフの使用する魔物と推察します。ただし、今の襲撃も魔物を使用したものなのか、天然の魔物による捕食行動かは不明。さらに、今いるこの場所も、明らかに人為的な加工の跡があり、フィーデン洞窟エルフが洞窟壁を掘削して川岸を広げ、移動しやすいようにしている場所と確信。また洞窟全体に強力な魔力の封印的効果がかかり、探知を妨害している」
「……タンチ魔法が、きかねえんでやんすか……」
プランタンタン、そこだけ理解した。
「効果範囲がとっても狭い」
「とにかく、行こうぜ。歩いてりゃ、そのうち出るだろうし……魔物やエルフの襲撃は、なんとかストラさんに退治をお願いするしかありませんが……」
「うん」
「その前に、ペートリューさんを起こすでやんす」
さっそくプランタンタン、いつもの通りペートリューの荷物から酒の入った水筒を取って蓋を開け、ペートリューに嗅がせた。が、無反応だった。
「おかしいでやんすね」
「おい、それ、さっきアタシが水を入れたやつじゃないか?」
「へえ?」
プランタンタンが水筒に鼻を近づけ、顔をしかめる。
「酒くさいでやんす!」
フューヴァが水筒を受け取って、同じように臭いを嗅いだ。
「薄まってるけど、水を入れたやつだよ。まだ少し酒が残ってたんだ。酒しか入ってないやつを嗅がせてみろ」
「どれだか、わからねえでやんす」
「これだよ」
フューヴァが違う水筒をリュクから外し、蓋を開けて横たわるペートリューの鼻に近づけた。
「はぅわ!」
とたん、ペートリューが跳ねるようにして飛び起き、地面に立ててあった水筒を咄嗟に掴むや口に含む。
そして、極薄の水割りに二度驚いて吹き出した。
「な、なんですか、これ!?」
「水だよ」
「おさけ……おさけください」
「ホラよ」
フューヴァから受けとった水筒を口に含んで、ようやく息を取り戻す。
「……え、夜まで寝てました? 私……」
ペートリューが真っ暗な周囲を見渡して、つぶやいた。
「夜じゃねえ。ここは、フィーデ山の洞窟だ」
「どうくつ?」
森を歩いていたはずなのに? という表情だ。無理もないが。
「魔物に襲われて地面が崩れやがって、真下の洞窟に落ちたんだよ」
「魔物に……!?」
大柄な身体をすくめて、また闇を見やった。そして、ストラのプラズマ照明を凝視する。
「……スゴイです……さすがストラさん……一度にこんな……しかも、明るい……! それに、自在に操るなんて……」
云われてみれば、ストラの照明球電は人魂のようにゆっくりと浮遊しながら動いている。これってストラが操っていたんだ? という思いと、そもそもプランタンタンもフューヴァも、「そんなもんだ」と思っていたので、それが凄いことだったのかという驚きで声がなかった。
「じゃ、行こう。こっち」
ストラが歩き出し、三人が続いた。
照明球のおかげで足元が良く見え、ペートリューとフューヴァも湿気や泥に滑る以外は、進むのに苦労は無かった。川岸というか、歩ける場所(地面)は次第に広くなり、やがてあれほど大きかった地底河川も闇の向こうへ消えて見えなくなり、音も聞こえなくなった。




