第5章「世の終わりのための四重奏」 2-7 トラールの大森林
太古の噴火により流れ出た広範囲の溶岩台地に、広大な森林が形成されたものだ。
「うわあ、すっげえなあ」
山道から永遠に続くような緑の海原を見渡して、スューヴァが感嘆と呆れ果てた声を発した。
「こりゃ、迷ったら二度と出られないぜ」
「あっしも、こういった横っちょうにだだっ広い森は、初めてでやんす」
確かに、ゲーデル山脈の森林地帯とは大違いだ。
「おいおい、頼むぜ、森と云えばエルフだろ。頼りにしてるんだから」
「そんなこと云ったって、山坂もねえし、分からねえもんは分からねえでやんす」
云い合っていてもしょうがない。一行は、森へ分け入った。
いちおう街道が走っており、それらしい道が森の中をクネクネと進んでいる。
そこを歩いているのだが、もう何年も、下手をすると何十年も人が歩いていないというだけあり、道なのだかなんだかよく分からない。草木が密生し、巨大な倒木が行く手を遮って、ちょっとでも迂回するともう元の道が分からなくなるので、また戻ってきてなんとか木々を避けて進む。そのうち、平坦なように思えていきなり巨大な洞穴がそこかしこに現れるし、小山のような盛り上がりも無数にあった。街道がそれらを避けて通っているので、やたらとカーブしており、方向がよく分からなくなる。
それらは全て、かつての噴火口の跡なのだが、プランタンタンやフューヴァにその知識は無く、なんでこんな地形なのか皆目不思議だった。
まして、この世界のこの時代、方位磁石が無い。
そのうえ、木々が密生して空もよく見えぬ。夜も、星があまり見えなかった。
迷うなと云う方が無理だ。
誰も通らないのには、理由があるのだ。
踏破できた人間はまぐれにすぎず、ほとんどが迷って野垂れ死ぬのであれば、魔物に襲われるというウワサにもなる。
誰も口にしないが、もはや迷っているのかいないのかすら、とっくに分からなくなっている。
しかしいちおう、ストラが広域三次元探査で街道全体やその行き先の出口を把握しており、とにかく三人を導いて進んだ。気がつけば先頭をストラが歩いており、三人がヒイヒイ云いながらその後に続いて、五日目のことだった。
「いやはや、食いもんがなくなったら、野ゴラールでも狩って食おうかと思ったけど……ウサギ一匹いねえんだな、この森はよ……」
野営の前に岩影に座りこみ、休みながらフューヴァがつぶいやた。
「それに、おかしいでやんす。泉もねえんで。水が、そろそろ無くなってきやしたよ」
フィーデ山の麓の別れ道の手前の泉で水筒にたっぷりと補給していたのだが、チビチビと飲み続けて、そろそろ底をつく。
「どうすんだよ」
「どうしやしょうねえ……」
珍しく疲れているのか、プランタンタンがため息をついて肩を落とした。フューヴァには、森といえばエルフという固定観念があったが、どうもここは勝手が違うようだ。
「火砕流台地及び溶岩台地なので、雨はほぼ全て浸透して地下を流れてる。地下水は豊富だから、泉は地下にある。そこの洞穴から入れるよ」
いきなりストラがそう云い出し、二人がエッ!? という顔で立っているストラを見上げた。
「ち……地下でやんすか。どおりで……」
フューヴァが立ち上がり、ストラの指さした洞穴をおっかなびっくり見下ろした。地面に忽然と口を開けており、かなり深い。溶岩の鋭い岩肌が露出しており、確かに、穴の奥底に水の流れる音がする。
「ホントだ、穴の底に川があるぜ」
フューヴァは感心した。地下を流れる川など、想像もつかない。
「え……でも、これ、どうやっておりるんです?」
「ロープ」
ストラが自分の荷物から、頑丈な麻の太いロープを巻いたものを出した。
「いつの間に、そんなものを買っていたんで?」
プランタンタンも驚いた。ロープなど、必要もないと思って見向きもしなかった。ストラはこういう事態を予測していたのだろうか。
「さっすがでやすねえ……」
ストラは手慣れたように、ロープの端を頑丈な立ち木に結びつけ、大きく口を開く洞穴の下に下ろした。
「あっしが行くでやんす」
こういう作業はお手の物、と、プランタンタンが大きな革袋を持ってロープを掴み、するするとサルみたいに洞穴を下りた。




