第5章「世の終わりのための四重奏」 2-2 ヴィヒヴァルンへの道
野菜と山鳥のスープと上質なパンを少量のワインで流しこんで、フューヴァが観察眼を発揮した。
「人間は、胃袋の他に酒を飲み溜める袋が別にあるんでやんすか?」
「さあな」
フューヴァは、どこまでもそっけない。
「ヤツにゃあ、あるのかも?」
「へええ……」
プランタンタンが完全に信じたので、フューヴァが笑いだした。
プランタンタンはなぜフューヴァが笑っているのか理解できず、ちぎったパンを持ったまま、不思議そうな顔で見つめた。
ストラは、いつも通り会話に入らず、人間偽装行動としての最低限の飲食だけをし、ワインを飲んでいるふりをしながら半眼でぼんやりしている。
しつつ、既にスルヴェン市周辺を広域探査済みだ。
もっとも、シュベールの本拠地なので、敵対行動をとる者はいないと推察された。
問題は、ヴィヒヴァルンへ到る経路に鎮座する巨大火山、フィーデ山だ。
ここをどのように越えるのか、情報を得なくてはならない。
スルヴェン市は交易都市でもあるが、ヴィヒヴァルン方面からの侵攻に備えた防衛都市でもある。もっとも、フィーデ山及びその山麓が天然の巨大要害となり、史実、ヴィヒヴァルンからの侵攻はこの1500年で二度しかない。
交易路としては、人々はほぼ峠越えを選択し、そちらの街道管理もスルヴェンの重要な役目だった。
翌日……。
村を出て低い丘を越え、緩い坂道を下がってゆくと、大きな盆地が見えてきた。その盆地に作られたモザイク画のような街が、スルヴェン市だった。一行は街に入り、独特の建築様式による建物が並ぶ街並みや、人々の着ている民族衣装の装飾に目を見張った。
「のどかで、いいところじゃねえか」
フューヴァが、馬上から周囲を眺めてつぶやいた。しかし、フューヴァ以外の誰もそういうことに感心が無く、周囲を見渡しつつも無言で馬を進めている。
馬も停められる比較的大きな宿を見つけ、そこにまず腰を下ろした。
「さあさあ、いらっしゃいまし、お部屋は、二人部屋をおふたつでよろしいですか? それとも……」
「二人部屋ふたつでいいです」
ストラが先に答え、三人もストラに従う。本来であれば、主人であるストラが一人部屋と、残りが相応の相部屋か、そもそも主人はもっと良いホテルで、残りは下人用の安宿が当たり前だ。
だが、この一行は従者が平等に三人で金品を分けて持っており、とにかく金があるので、一人ずつ高級な部屋にも泊まることができるくらいだ。が、無駄だし、必要も無いのでそうしていないだけだった。
いったん落ち着いて、ホテルのロビーに集まった。プランタンタンが宿の主人に、
「ヴィヒヴァルンへ行きてえんでやんすが……どうやって行きやあいいんでやんしょう」
主人は手慣れた感じで大きな絵図を出し、テーブルに広げると説明を始めた。
「ええと、初めてお行きなさる? 左様で。では、全て説明致します。これがフィーデ山、これがスルヴェン市。距離は……だいたい山頂から70ゲルデです」
70ゲルデは、我々で云う30キロほどにあたる。
「スルヴェンからヴィヒヴァルンへ向かうには、三つの道がございます。まずはこちら、ゲーデル山脈の端からフィーデ山まで続く高原地帯……峠があります。デルエル峠といって、ほとんどの者がここを通ります。ほとんど全員です。シュベール家でも衛兵を配置しておりまして、安全です。ここですと、荷物にもよりますが、ヴィヒヴァルン南西部のテレンゼ宿まで二十日といったところでしょうか」
「けっこうかかりやんすね、そんなに、険しい山道なんでやんすか?」
「はい、割と険しいですね。でも、整備されていますよ。馬車は無理ですが、途中までなら馬は通れます」
「途中まで?」
「はい、峠自体は、馬は無理です。息が上がってしまって」
「そうなんだ……」
フューヴァが絵図を見つめながら、うんうんとうなずく。
「だけどよ、険しい道なのに、ほとんどの旅人がそっちを通るんだ? 残りの二つの道ってのは、もっと険しいってことか?」
「そうですね……」
フューヴァの質問に、主人が困惑の表情を見せた。
「私も行ったことがないし、最近は誰も通らないので、良く分からないんですよ。ただ、昔から云い伝えられております」




