第5章「世の終わりのための四重奏」 2-1 スルヴェン
(私と……プラコーフィレスと……魔王様の……三つのシンバルベリルを持ってすれば……さしものストラも……)
エーンベルークン、にわかに興奮してきた。あの、ギュムンデの地下での戦いが、脳裏に蘇る。あの、恐怖と屈辱の戦いが。
その興奮を読み取り、レミンハウエルが楽しそうに眼を細めた。
その笑顔を見やり、プラコーフィレス、
「では、久々に大物の生贄をどのようにこのニムルスの大洞窟に誘いこむか、打ち合わせをはじめましょう!」
楽しくてたまらないといった高い声を、この広大な空間に響かせた。
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ガニュメデから徒歩で一日ほどのスイシャール村より街道を北西に二週間も行くと、スルヴェン地方に到着する。中心都市もスルヴェンといい、スルヴェン市は人口が約10,000と、この辺境で最大の都市であり、中心地だった。領主は、御存じシュベール子爵。ただし、子爵自身は地方伯(事実上グレイトル将軍)より密命を受けて領内や時には領外まで飛び回っており、滅多に戻ってこない。
それでも治世に支障がないのだから、よほど家臣団に恵まれているのだろう。
理想的な「国衆」であると云えよう。
地政学的特徴としては、ヴィヒヴァルン王国との国境地帯である事と、標高3000メートル級の活火山フィーデ山を抱えていることだ。
ただし、フィーデ山は、ここ300年ほど噴火記録はない。
スイシャールの田園地帯を抜けて荒野、草原、そして森林地帯を抜け、標高を少しずつ上げながら一行は高原地帯スルヴェン地方に入った。スルヴェン地方全体が遠くにフィーデ山とゲーデル山脈を仰ぎ、湖沼が多く風光明媚な田園地帯だった。
(ここが、シュベールさんの領地か……)
実際に見知っている人物の領地を初めて認識し、フューヴァが急に妙な感慨に襲われた。自分の先祖も、フランベルツのどこかに、こうして領地を持っていたはずなのだ。が、それがどこだったのかすら、もう分からなくなった。死んだ父から、何も聞いていない。
(本当に、貴族だったのかもあやしいもんだぜ……)
それを云いだすと、これまでの人生の全ての価値観を失ってしまう気がして、死んでも口にできなかった。
「あっついでやんすねえ」
山脈の高地に住んでいたプランタンタンは暑さが苦手で、日増しに気温が高くなって参っていた。馬上、フューヴァの後ろで、汗をぬぐう。
「それでも、スルヴェンは涼し方だときくぜ。避暑地なんだろ? 地方伯の別荘もあるらしいじゃないか」
その地方伯も今は無い。フランベルツは、いまやラグンメータ総督の治める地だ。盛者必衰、諸行無常である。
野宿を重ねて三頭の毛長馬がのんびりと進み、やがて田園地帯となって、農民を見かけるようになる。スルヴェン地方は治安も良いようで、領内を移動する人々の表情も明るく、護衛の兵士も少ない。中には、女性と子供のみで移動している集まりもあった。
その日は近隣の村で宿屋に泊まり、ペートリューは樽にワインを補充した。酒なんか街でいくらでも買えるだろうと思うのだが、その街の酒場は、こういう近隣の村にある小さな醸造所でワインやビール等を仕入れるので、安いのだという。
「スラブライエンの手前じゃ、ワイン瓶一本に金貨を払ったくせに、ペートリューさんもヘンなとこでケチでやんす」
プランタンタンが呆れるが、
「ありゃあ、緊急事態ってやつだろ?」
フューヴァもだんだん分かってきた。ペートリューは、しばらくぶりに馬の尻に括りつけている四つの小樽を新鮮なワインで満タンにできてご満悦だった。気温が上がり、小樽のワインは、すぐに劣化してしまうのだ。
その他にも、宿で浴びるように飲み始める。なにせカネに困らないので、飲み放題である。
「ペートリューさん、もうすぐ山越えなんでやんすから、飲みすぎて動けなくなっても知りやあせんからね。ウソじゃねえですから、ホントに置いてっちまうでやんす! スラブライエンからマンシューアルに行った時のような低い山とは、ぜんぜん違いやんすよ!」
「わかってまぁあす!」
云っているその右手には木のジョッキでビール、左手には真鍮のゴブレットで赤ワインを持ち、ダブル呑みである。それも、オレンジジュースとグレープジュースを交互に飲むかの如く飲み続けている。
「ありゃあ、呑み溜めしてるんじゃねえか?」




