第5章「世の終わりのための四重奏」 1-2 同類
それから、簡単な宴席となった。
全て岩塩で味付けされた洞窟湖に住む目のないナマズのような白い魚と小エビと川ノリのスープ、地上の森で捕らえた野ゴラールの肉の焼いたものが何種類も、洞窟に住む各種コウモリの姿焼き、そして森の果実を醸した度数の低い果実酒などだった。フィーデンエルフ達もやはりエルフなので、酒は非常に度数の低いものを好む。人間の酒は飲まない。
フィーデンエルフの主食は、肉だった。炭水化物をほとんど摂取しない。森の雑穀粥程度だ。その代わり、肉を大量に食べる。洞窟内の動物や、地上の大森林で捕らえた獲物の肉がほとんどだった。果実酒に獲物の生血を混ぜて飲むのが好物だったが、エーンベルークンの酒には入っていなかった。ゲーデルエルフに、そんな習慣はないのを知っているからだ。
族長、その親族や取り巻きの幹部らと共に、エーンベルークンは黙々と出された酒を飲み、食事を摂った。うまいもマズイも無かった。食物など、動くための燃料としか思ってなかった。食べる楽しみは、とっくに失っていた。
「そんなツラしてメシ喰ってさあ、うまい?」
エーンベルークンに馴れ馴れしく近づいたのは、フィーデンエルフの女だった。エルフらしいスレンダーな身体をピッチリとした黒染めの革の衣服に包み、長く真っ白な髪を後ろで結んで、その間接照明に浮かび上がる真っ白な顔も感情豊かにニヤッと笑って赤い眼を細くする。
「……!」
柄にもなく、エーンベルークンが動揺した。
まったく、完全に気配を感じなかったからだ。
(そ、そうか……こいつが……プラコーフィレスか……)
気配だけではなく、存在そのものが魔力で隠されている。すなわち、
(……こいつも、シンバルベリルを……体内に……)
プラコーフィレスはエーンベルークンの方を向いてその横に座り、エーンベルークンが向きあった。
「まあ、飲みなよ」
陶器の徳利より、果実酒を椀に注ぐ。その距離感の近さに、またエーンベルークンがたじろいだ。
(こいつ……本当に暗殺者なのか……?)
加えて、自分の間合いに、容易に入ってくる……いや、自分が入れさせている事実にも驚愕する。
「シケたツラしてんなあ、オマエ」
「う…………」
云われつつも、無表情のまま椀を傾けた。
いつも飲むゲーデルエルフの好物である雑穀粥酒「ホーン」とはまるで異なるフルーティーな薫り、サラッとした口当たり、そして薄甘い味だったが、不思議とうまく感じた。
「うまいか?」
ニカッ、とプラコーフィレスの真っ白い顔が破顔した。
「…………」
その笑顔を、おもわずエーンベルークンが凝視した。
「うまいもまずいもねえのかよ、つまらねえヤツだなあ」
そう云って、プラコーフィレスはエーンベルークンに注いだ徳利とは別の徳利を出し、自らの椀に注いだ。こちらは、ニムルス洞窟に住む大蝙蝠の生血入りだ。
グーッ、と傾け、
「カアーッ、うまいねえ!」
手首で口元をぬぐう。赤い酒が唇の端よりたれ、白顔を彩った。まるで、吸血鬼だ。
「しょ……」
「お?」
「食物や……飲料の摂取に……いちいち感想を……云うのか……?」
「ナニ云ってんの、オマエ」
あからさまに眉をひそめ、プラコーフィレスは肩を落とした。そして、壇の上を見やり、
「大将ォ! コイツ、大丈夫なんすか!?」
「大将って呼ぶな!」
ヂャーギンリェルも苦笑。
「うまくやれ!」
「へいへい……っと」
プラコーフィレスが立ち上がり、それを見上げるエーンベルークンと眼を合わせ、
「ま、よろしくな。その、ストラとかいうバカ強ェ魔法戦士……今から手合わせするのが楽しみだよ……!」
その時の、喜悦と殺気と狂気と残虐さの入り混じった悪魔のような表情に、エーンベルークンは目を見張った。どうして、自分がプラコーフィレスを警戒しないのか理解した。
(なんだ……同類じゃないか……)
自分は自分に警戒しない。それだけだった。ただ、それを他人に見せるか見せないか。その違いだけだった。




