第5章「世の終わりのための四重奏」 1-1 フィーデン洞窟エルフ
第5章「世の終わりのための四重奏」
1
深い、洞窟である。
そして巨大だった。
風穴になっており、あちらこちらで地上とつながっていて、天上高くから日の光がさしこんでいる。
その光の柱が、幾本も神秘的に洞穴内を照らしていた。
巨大洞穴には、しかし、人為的な構造物があり、鍾乳石を削り、石材を積み上げて居住区や神殿などが造られていた。木組みの建築物もあった。
そこに住む人々は、自由自在に洞窟内を行き来し、また、地上へ出ていた。
洞穴内に住む人々は、エルフだった。
フィーデン洞窟エルフである。
エルフは元々闇を見る特殊な眼を持っているが、さらに暗闇に適応し、真紅に光る大きな眼をしていた。髪は白髪で、肌も洞窟種に相応しく真っ白である。ただし、アルビノのように薄く透けているのではなく、新雪か漆喰のような深い純白だ。髪も老人のような白髪ではなく、肌と同じく漆喰白色。地上や洞穴内の生物を狩って暮らしており、時に森や洞窟に迷いこんだ人間を襲う。動物の革を着こみ、食事も肉を好んだ。生血が特に好物である。だが、不思議なことに生肉は好まない。徹底的に火を通した。魔術に長け、魔族とも親交があるとされていた。
その日……。
フィーデン洞窟エルフの族長を尋ねていたのも、エルフだった。
だが、別種だ。エルフには違いないが、我々で云うところの、人種が異なる。
背の高い、死神のような雰囲気のゲーデル山岳エルフの女は、ギュムンデでストラと戦い、間一髪で逃れたエーンベルークンであった。
銀灰色の眼が、真っ赤な洞窟エルフたちの眼の中にあって、ギラギラと異様な光を放っていた。洞窟エルフたちの雪色の肌と違い、日に焼けた高山褐色の肌に、白髪よりも濃い岩灰色の長い髪をしていた。仮面のような表情は、人間や他のエルフを殺しすぎて感情を失ったかのようだった。
「……これが、ゲーデルエルフの総意か?」
微かな明かりのもと、フルトス紙の密書に眼を遠してフィーデンエルフの言語でそう云ったのは、石壇の上に胡坐をかいて座っているフィーデン洞窟エルフの族長ヂャーギンリェルだった。568歳の男で、我々で云うとアラフィフほどの年齢感だ。
「はい」
壇の下の石床にこれも胡坐で座っているエーンベルークンが、フィーデンエルフ語で答える。工作員・暗殺者として、複数のエルフ語や人間語に精通していた。
「牧場エルフと山岳エルフは、同じゲーデル族ながらあまり仲が良くないと聞いていたが」
「誰からお聞きに?」
「誰でもいい」
「余計なことを申しました……」
云いつつ、エーンベルークンが持参した革袋からゲーデル山羊の毛織物を何枚か、出した。また、羽織のような上着もあった。その羽織は、特に高価で希少な天然山岳種ゲーデル山羊の毛糸で織られていた。
ヂャーギンリェルが細い指を動かすと、フィーデンエルフの一人がその貢物を受け取り、族長へ渡した。希少なゲーデル山羊の毛織物と、さらに希少で霊毛とすら云われる天然高山ゲーデル山羊の毛による山岳エルフ特製の羽織のえも云われぬ手触り、肌触りに、ヂャーギンリェルの顔もほころぶ。
「確かに受け取った」
「さらに、これを……」
エーンベルークンが細長い木箱を差し出し、また控えの洞窟エルフが受け取ってヂャーギンリェルに渡した。蓋を開けると、ゲーデル山羊の毛織布の美しい袋に入った短剣だった。ヂャーギンリルが袋の紐を解き、金銀、それに山岳エルフが算出する瑪瑙や琥珀などで装飾の施された鞘を抜きはらった。ゲーデル山岳エルフ特製の、グレーン鋼による短剣だった。
「ううむ……!」
幾重にも鍛錬され地層めいた縞模様の剣身を淡い光にかざし、さしものヂャーギンリェルも唸る。
「素晴らしい! これは、見事だ……!」
「お褒め頂き、恐悦」
「美しいだけではない! 魔力を貯え、魔法剣になるという……」
「いかさま」
「確かに受け取った」
「では……」
「協力しよう」
「有難き幸せ」
「後は、我がフィーデン洞窟エルフが随一の巫女戦士、プラコーフィレスと共に、そのストラなる魔法戦士を打ち倒すがよい」
「ハハァ……」
艶々に磨かれた冷たい石床に両拳をつき、エーンベルークンが頭を下げた。




