第4章「ほろび」 4-3 目標
外地の領主で、初めての選帝侯だった。
選帝侯マンシューアル藩王というわけだ。
選帝侯家は十二家あり、過半数で皇帝を決めるため、一家だけではどうにもならない。
が、宮廷内部……いや、皇帝の人事権を持つ外藩王の登場は神聖帝国始まって以来であり、歴史を変える出来事であるのは間違いない。
無事、ラグンメータがフランベルツ総督に任命されたその日。
同時に、当座の復興資金としてマンシューアル藩王から300万トンプが下賜された。
マンシューアル貨幣だったが、金貨に関しては赤金であるフランベルツ金より純度が高く、高価だった。
その金をもって、ようやくストラに残りの報酬を払うことができた。
戦争で相場が上昇し、その日のフランベルツ相場で、マンシューアル大金粒貨幣の一粒は約800トンプにもなった。
少し色をつけて、金貨65粒……52,000トンプを受け取ったストラ、
「では、私はこれで」
「そ、そうか、もう行くか」
グレイトルの使っていた執務室に入っているラグンメータ、安堵を隠せなかった。ストラには感謝や感慨より、もはや恐怖が勝っている。
「はい」
「どこへ行くんだ?」
「ヴィヒヴァルンに向かいます」
「……ヴィヒヴァルン……」
良くも悪くも気の毒に……と、思っていると、ストラがふいと踵を返し、部屋を出た。
(あ……)
ラグンメータは何か声をかけようと思ったが、何も云えなかった。
ガニュメデ近郊のスイシャール村に避難していたプランタンタン達は、宿代わりに大きな農家の離れを借りて泊まっていた。ストラと別れてから10日以上過ぎていたが、いつガニュメデの方角で大爆発がおきるかと、ヒヤヒヤしていた。
その日の昼過ぎ、農家の用意した質素な昼食を少し食べ、プランタンタンとフューヴァは村はずれから街道の向こうを眺めていた。(記すまでも無いが、ペートリューは村特産の赤ワインを毎日たらふく飲んでご満悦、その日も寝こけていた。)
「まだ、戦は終わらないのか」
フューヴァのつぶやきに、プランタンタンは曇り空を見上げた。今日は見えづらいが、光学迷彩の円盤が常時、村を周回している。フューヴァには良く分からないが、プランタンタンの眼には、光の加減で円盤が見える。
「空飛ぶ魔法の皿が消えねえうちは、終わってねえっちゅうことなんでやんしょうねえ」
「そういうことだろうな」
その日も変化はなく、ストラはおろかガニュメデから脱出してきた人すら現れないので、夕刻近くになって二人は離れへ戻った。村の周囲には田園地帯が広がっており、麦や雑穀、里芋やネギ、葉物等の野菜を作っている。また、豚に近いゴーランや、牛に近いカスタという生き物の牧場も多かった。
歩きながら両手を頭の後ろに組み、フューヴァ、
「プランタンタンよお」
「なんでやんす?」
「アタシ、決めたぜ」
「なにをでやんす?」
「目標を、よ」
「なんのでやんす?」
「ストラさんを使って……さ」
「はあ……?」
「アタシ、漠然とストラさんを使って御家再興してやるっ……て考えてたんだけどよ……金稼げば、再興するってもんでもねえんだよな。商人が爵位を買うっちゅうんなら、またハナシは別なんだろうけど。それにもう何代も前の爵位だから、いまさら貴族っつうのもナンだってのは確かなんだけど……アタシにゃあ、それしかねえんだ」
「はあ」
「それによ、再興するってんなら、アタシは誰かに仕官しなきゃあならないだろ? あのマンシューアルの旦那みたいに戦争で領地をもらうにしてもさ、誰かに仕えて初めてそうなる」
「まあ、そら、そうでやんしょうね」
「だから、アタシはさあ、ストラさんに仕えることにしたぜ」
「…………」
隣を猫背でひょこひょこと歩いていたプランタンタンが、フューヴァを見上げた。




