第4章「ほろび」 1-3 初戦の攻防
(しかも、フランベルツ人を見下している……。グレイトル様も、御身内でなくば、とっくのとうに見限っていたはず)
ピアーダはやや瞑目し、グレイトル軍の出陣のラッパと太鼓を遠くに聴いた。
我々で云う午後二時ごろ。
弓矢の応酬から、じわじわと接近した両軍が、一気に激突した。
ピアーダ軍が分厚い楯となって展開、グレイトル軍の五連波状攻撃を受け止める。
槍隊の突撃、そして騎兵と歩兵部隊が交錯した。
千単位の兵士達が押し合いへし合い、自由戦闘に発展する。
この世界のこの時代にはまだ散兵戦術が無く、このような乱戦では騎兵隊の他、騎士階級を小隊長にした10から20人ほどの単位の歩兵部隊同士が個別にぶつかり合う。バラバラになれば包囲されて各個撃破されるので、とにかく集まらなくてはならない。最悪、小隊が壊滅しても、見知らぬ小隊長のところに集まって臨時に編制し直す。
その訓練と練度が、生死と勝敗を分けるのだ。
各戦闘小単位同士が槍襖突進から剣や他の武器での打ち合いとなり、バラバラとなってまた集まり直し、再びぶつかりあう。
その繰り返しだ。
そしてその中を、騎馬兵が駆け回って遊軍となり、敵の歩兵を少しでも多く突き殺して行く。
さらに、それを敵の騎兵が阻止する。騎兵同士の一騎討ちとなる。
そういう戦闘が、平原の至る所で行われている。
まさに、戦術教科書通りの一進一退の攻防となった。
だが、グレイトルには秘策があった。
一時間も経った頃……。
「鉄砲隊、前へ!」
数は少ないが、フリントロック銃を研究、実用化に成功していた。
もっと数がそろえば、何百という鉄砲隊の一斉射撃からの突撃になるのだが、この世界ではまだそこまでではない。せいぜい、四十丁というところだ。
待機していた鉄砲部隊が戦場を駆け抜けて中央突破を担当していた第一波部隊の前に出て、赤と黄色の旗と同時に二列に並んだ。太鼓とラッパが鳴り、最前線のグレイトル軍部隊があわてて後ろに下がる。
「敵が引いたぞ!」
ピアーダ軍の現場指揮官がすかさず突撃を命じ、前に出た途端、戦場に雷鳴のように轟音が鳴り渡った。
すかさず列が入れ代わり、第二撃を発砲。ピアーダ軍がバタバタと倒れた。
「とぉおつげえええ!!」
皆まで云わず、第一波部隊が再突撃。
楯陣の中央に、凹みが生じる。
その銃声は、ピアーダ軍本陣にも聞こえた。
「クソ、あの鉄砲、量産に成功していたのか!」
ピアーダも驚いた。
「将軍、一部の兵が怯んでいます!」
「バカ云うな、コケ脅しの音だけだ! 数は全くそろってない! 恐るるに足らんぞ!」
そうは云っても、前線で未知の攻撃に怯むなというほうが無理な相談だ。
たった二発の銃声で、一部の戦列が崩れ始めた。しかも、楯陣のど真ん中だった。
「あそこだ、押せ押せ、突破しろ!」
現場の部隊長や騎士が兵を集める。乱戦でバラけていた第二波部隊と三波部隊の小隊が集結を始めた。それが第一から第三までを集めた大きな突撃陣と化して、じわっと前に出た。
「押され始めました!」
伝令の報告に、ピアーダ将軍が地団駄を踏んだ。ピアーダ軍の楯の陣が、穿孔されはじめた。
(こんな些細なきっかけで、軍は崩壊するのだ……! 流石グレイトル様……!)
しかし、グレイトルの狙いは他にある。
あまり突進させていなかった第四波と五波部隊を大きく左右から迂回させ、ピアーダ軍の背後に回らせようとした。
これは、攻勢になって初めてできることだった。劣勢の時にこれをしても、各個撃破されるか、逆に中央突破される恐れがある。
「ピアーダ様!」
「云われんでも、音を聞いていれば分かる!!」
ピアーダが歯ぎしりし、眼を落していた戦場図面の端を鷲掴みに握りしめた。
本陣が凍りつく。
誰もが、この戦いの負けを意識した。
ところが……。
丘陵地帯の丘を超えて、横合いから異邦の軍団が現れた。
「ラ、ラグンメータ様です!!」
ピアーダ将軍は、言葉にならない声を発した。
(間に合った……!!)




