第4章「ほろび」 1-2 グレイトルとガルスタイ
我が主君にして甥ながら情けなく、また跡取りを都に置きっぱなしで放任していた亡き義兄に対しても、怨みごとを云いたくなる。
ここは、グレイトルだけがフランベルツ家の支えと云えた。
「まだ間に合う! 兵を集めろ! 迎え討ってやる!」
グレイトルが将軍となり、伯爵領じゅうに陣ぶれを発した。が、やはり最短でも陣容が整うのに半月はかかる……。
きっかり六日後には、ピアーダ軍が街道の向こうより姿を現した。
そして、ガニュメデの前に広がる丘陵地帯に陣を張った。
「……さすがに、いきなり攻めてはこないか……!」
吹きさらしの城の塔の上から、グレイトルが約4,000の軍団を見やって唸った。貴族ではなく叩き上げのピアーダは実戦慣れし、恐ろしい相手だ。
「こっちは、何人集まった?」
グレイトルは、隣にいる副官にして右腕、そして軍師でもある魔術師ガルスタイに声をかけた。当年47歳だが、肌艶もよく皺も無い。20歳は若く見える。実際は、我々でいう美容と健康マニアであるだけなのだが、この世界では異様な姿だった。魔術の腕前もピカ一で、別名「フランベルツの魔王」という。反感や恐れを持つ者は、彼を魔族と噂していた。濃い黒髪を後ろで結び、渋く端麗な無精ヒゲが魔術師職能ローブと不釣り合いだった。常に、美しい丸サファイア……いや、サファイアよりもっと深い蒼に輝く不思議な宝石が先端に埋めこまれた杖をついていた。
この青宝玉は、シンバルベリルである。濃い青なので、まずまず強力だ。タッソを滅ぼした空色のシンバルベリルの、数十倍の魔力を溜めこんでいるだろう。
「ガニュメデ守備部隊にくわえ、周辺の村々からも徴集し、5,500ほど。ピアーダ軍より多いです。が、敵はマンシューアル軍と呼応し、マンシューアルの先兵です。あの後ろには、マンシューアル軍4,000がおります」
「勝てるのか」
「途中の村や町で収奪したとはいえ、マンシューアルからここまで補給線が持つとは思えません。粘れば、勝ち目は。スルヴェン、ノバラン、ダフォレーレから兵が集まれば、こちらは二万ほどになるでしょう」
「二万か……」
グレイトルが重い息をついた。
「既に我が手勢の魔術軍を遊軍として、補給線を襲わせています」
「流石だ!」
「決戦をお急ぎください。マンシューアル軍が合流する前に。こちらの兵がそろうのを待っていては、機を逸します」
「そうだな」
グレイトルがその通りフランベルツ卿に裁可を仰ぐと、地方伯は妻と読書の時間で、取り合ってもらえなかった。裁可が下りたのは、翌日の午後だ。
(丸一日つぶしたぞ……!)
怒りと焦りがない混ぜになったまま、グレイトルが城から出た。ガニュメデは、かつては堅固な城塞都市だったが、二代前に一部を残して城塞を取り払い、都市を拡大して発展した。その、街中に残った城塞の上に立ち、グレイトル、
「ピアーダの様子はどうだ」
「ハッ、動く気配がありません」
「マンシューアルが来るのを待っているな……そうはさせるか」
既に、全軍はいつでも出撃できるようにしている。
「半刻後に総突撃だ!!」
「突撃陣、用ーーーー意!!」
ラッパが鳴り、旗が立って、にわかにガニュメデ軍が動き出した。市民は避難が間に合わず、三分の二ほどがまだ市内に残っている。
そのラッパを聴き、旗を見て、ピアーダも動いた。
「突撃陣で来るぞ! さすがグレイトル様、怯まないな!」
「こちらはどうします!?」
「楯陣だ!」
突撃陣形対防御陣形ということは、がっぷり四つの持久戦を意味する。
ガニュメデ軍はアリのように街から出て、たちまち平原に矢のような縦に長い陣形を五列、整えた。
その見事さに、ピアーダも唸った。
「あの方が領主だったら、マンシューアルと徹底抗戦の眼もあったんだがな……」
そう、思わなくもない。が、現実は違う。領主は人使いが荒いうえ報酬も少なく、領国の統治にまったく興味のない、およそ仕えごたえのない人物だ。




