第18章「あんやく」 2-8 しめて90トンプ
「おまえ、ココロザシなんて言葉、どこで覚えるんだよ」
フューヴァがあきれてそう云ったが、先ほどの賊に抵抗し、ケガをした男性が包帯の腕を釣って前に出て、
「村長の代理です。村長は、賊に切られて瀕死に……ゆ、勇者様方、先ほどの賊どもは、本当に……!?」
「本当も何も、こうやって奪われた荷物を持ってきたのが証拠でやんす」
「いえ、そうじゃなく……見逃していたら、後で報復に」
「ははあ……なるのほど」
プランタンタンが猫背でフローゼを振りかえった。
そこで兵士の1人が、
「勇者サマの盗賊退治も有り難いんだが、中には小芝居で命乞いをした賊を、当局に引き渡しもせずに、勝手に見逃すヤツがいてな……それで改心するていどの小物ならよいんだが、何度も見逃してもらい、勇者を雇った村や商家に報復する輩もいやがるんでな。挙句の果てには、悪徳勇者と盗賊で手を組んで、退治と見逃しを繰り返す連中もいる始末だ」
「ケッ、世も末だな!」
フューヴァの悪態に、なんとも云えない表情で兵士が、
「そういうもんだよ。だから、確実に賊どもを始末した証がほしいということだ」
「だったら、検分でも何でもしてちょうだい。ここから1刻(約2時間)ほど行ったところの、王都へ抜ける森のはずれに、連中の死体が転がってるから」
フローゼがそう云ったが、兵士は2人しかいないし、村人らもビビッてそんな場所までは到底行けないと顔に書いてあった。
短気なフローゼがイラついて、
「もういい! 報酬もいらないから、行こう! 物資は勝手にして!」
と云おうとしたとき、
「これでどう?」
と、ストラがまだ剣を握ったままで少し焼け焦げている賊の腕を出して村人らに見せた。
フローゼが叩ッ切った、勇者くずれの賊の頭の右腕だ。
(いつの間に……)
と、フローゼを含めてみな思ったが、ストラのすることなので黙っていた。
ストラが前に出ると村人らが悲鳴を上げて下がり、兵士が検分する。
「……この手首の入れ墨を見ろ、手配中のグラールじゃないか?」
「そうだな……」
兵士たちがうなずいた。
「手配中ってことは、賞金首で?」
すかさずプランタンタンが食いついたが、
「いや、そこまでじゃない」
「なんだでやんす」
一瞬でひっこんだ。
「分かった。検分は私たちでやろう。村長代理、勇者さんたちに、任意で報酬を」
「報酬と云いましても、我らのたくわえでは、この程度が精一杯で」
代理が用意したのは、チィコーザ銀貨が3枚……しめて90トンプだった。
価格高騰のおり、返還された物資を売れば3000~5000トンプにはなるだろうが、これは麦類の種もみや村人の食糧なので、売るわけにはゆかない。王都もどこも、金はあっても物が無い状態だ。
「そんな端金、いらねえよ! 馬鹿にしてんのか!」
とフューヴァが怒鳴りつけようとしたが、やめた。案の定プランタンタンが満面の笑みで、
「ゲヒャッヒャッヒャヒヒッヒッヒ~~~! 御有難うごぜえやすでやんす~~~~! 御気持ちなんでやんすから、これで充分でやんすよ~~~~~!!」
そう云って有り難そうに90トンプを受け取ると、村人らが心底安堵し、改めてフローゼ達を伏し拝んだのだった。
「おまえって、すごいよな」
今度こそ王都に向かって夜道を歩きながら、フューヴァがプランタンタンにそう声をかけた。
「へえ? 何がでやんす?」
ゲーデル牧場エルフ特有の薄緑に光る眼でフューヴァを振りかえり、プランタンタンがそう云った。
「なんでもねえよ」
フューヴァが微笑んでそう答え、プランタンタンの肩を軽く叩いた。フローゼやリースヴィルも、微笑んでそんな2人を見つめた。
その夜は地面の硬いしっかりしたところで野営し、翌日、早朝に王都バラーヂンに到着した。真冬に馬そりで王都を出てから、3か月ほど経っている。
王都自体は大して変わりは無かったが、雰囲気が一変しており、まさに臨戦態勢(しかも、分が悪い)の緊張感と焦燥感、逼迫感で押しつぶされそうだった。
バラーヂンはすでに古式の城塞都市ではなく、城壁を撤去して近代的な広がりを見せているが、朝からそこら中に兵士や騎士が警邏しており、物々しかった。




