第18章「あんやく」 2-6 1人で戦っていた時のクセ
「人間のメンツってやつを、覚えたほうがいいよ、アンタも」
フローゼが鼻で笑いながら、オネランノタルに云った。
「メンツ!?」
なんだ、そりゃという調子でオネランノタルが叫び、怒りに顔をゆがめる賊どもを見た。
「フフッ……その通りだ、女勇者さんよ。虚仮にされたのを見過ごして、王都で吹聴されちゃ、商売あがったりなんだ」
「そんなことしないし、する必要もない。そもそも、あんたらが誰かも知らない」
「知ってたらどうするんだよ。そんなことを、信じるバカはいねえよ」
「あっそ……」
もう面倒くさいとフローゼ、袈裟の血ぶるいに刀を振る。とたん、刀身に炎が吹き上がった。
「うっ……」
と、賊どもが少し怯んだが、
「私1人で充分だから。手を出さないでよ、特にアンタ」
久しぶりに、微笑みながらもフローゼがオネランノタルを赤い眼でにらみつける。オネランノタルが、さも楽しそうに、
「キヒーッヒヒヒヒ! ……だそうだ、リースヴィル! 手を出すんじゃないよ!」
「畏まりました」
リースヴィルが、ルートヴァンそっくりの憐れみと侮蔑に満ちた不気味な笑みで眉をひそめ、賊どもを見据えてそう答えた。
ここで、賊どもも、フローゼたちの様子がいままで出会って来た冒険者と根本から違うことに気づき始めたが……もう遅い。
既に短く呪文を唱えていた後方の魔術師2人のうち、1人が3人の剣士に攻撃力付与魔法をかけ、1人が魔法の矢でフローゼに先制する。
フローゼが炎刀を両手持ちで八相気味に構えつつ、魔法も構わず走りこみ、3人が驚きつつもそれに対応した。
「ウオオオ!」
勇者くずれの頭がフローゼと接敵する寸前に、絶妙のタイミングでフローゼに拳銃の弾丸めいた魔法の矢が突き刺さった……かに見えたが、フローゼの直前で霧散した。
「!?」
魔力阻害装置だ。
が、賊どもには何が何だか分からない。フローゼは仲間に手を出すなと云っていたが、
(そら、防御魔法くらいかけるわな!)
そう判断し、頭がそのまま、フローゼに剣を横なぎで叩きつけた。
フローゼが素早くバックステップでそれをかわし、からぶった頭の手首に八相から炎刀を鋭く叩きつけた。
「ギァッ!!」
痛さと熱さが同時に賊を襲い、手首と肘の中ほどから右手が切断され、頭が呻きながら下がった。
頭としては、かわされるのは想定内で、すかさず燕返しにフローゼを狙おうとしていたが、それより速くフローゼが頭の手を切り落としたのだ。
「グラール!」
仲間が頭の名を叫び、眼をみはったが、フローゼが一足で間合いを詰め、動揺した賊の脳天に振りかぶった刀を叩きつける。
一撃で顔の真ん中まで切っ先から15センチほどが食いこみ、顔全体が燃え上がった。フローゼが賊を蹴り飛ばして、刀を引き抜いた。
「ま、待てッ!! 待ってくれ! 降参だ! とても勝てねえ!」
グラールが右腕を強く抑えながらそう叫んだとたん、後ろの2人の魔法使いが短く煙幕魔法を唱えた。
一行を煙幕がおおい、4人の賊どもが一目散に逃げた。
とたん、オネランノタルとリースヴィルの魔法の矢が飛び、魔法使いのかけた対魔法防護も余裕で貫いて、逃げた4人をそれぞれ一撃で難なく殺した。先ほどこの連中がフローゼに対して放った魔法の矢とは、同じ魔法ながら比較にならない威力だ。拳銃と大口径ライフル程も違う。
煙幕にゲホゲホと咳きこんでいるのはプランタンタン達だけで、他のものは呼吸を必要としないので、そのままだ。
「手を出すなって云ったじゃない」
煙の中でフローゼが刀を納め、オネランノタルに文句を垂れた。
「戦闘には出していないじゃないか。それに、これが有毒の煙だったらどうするんだい……」
「え?」
「フローゼは、まだ1人で戦っていた時のクセが抜けていないようだな。ストラ氏がいるからといって、プランタンタン達のことを考えて戦わないというのは、手落ちだ。違うか?」
「う……」
フローゼが言葉に詰まる。まだ咳きこんでいるところを見ると、ただの煙幕ではなく何かしらの催涙ガスなのは間違いない。




