第18章「あんやく」 2-5 よけいなこと
油断のない距離を保ち、フローゼがそう答える。勇者くずれが値踏みするように一行をねっとりと見渡し、
(……騎士団が手薄で、周辺警備に冒険者を雇っているというのは、本当だったんだな……)
もちろん、「騎士団が手薄」とは、再編成したばかりなうえ、いま王都は謎の遠隔魔法攻撃を受け続けているからである。
そもそも王都とその周辺の治安は第3騎士団「都」の担当で、先の偽ムーサルク事件の際も都はいち早く月の塔家に忠誠を誓い、戦力は温存された。しかし、壊滅した第4及び第5騎士団の補充でかなり人数を割かれたし、くわえてこの王都攻撃だ。都内の治安維持に精一杯で、王都周辺の農村地帯は無防備だった。
つまり、王都を根城にする盗賊団は、
「いまのうちに襲い放題だぜ」
といったふうで、笑いが止まらない。
もっとも時期が悪く、厳しい冬をようやく越えたいま、農村地帯は1年でもっとも物資が不足している。襲ったところで……といったところだが、この通り、王都の闇市で売りさばくていどの食料や物資はある。しかも、いまウルゲリアが滅亡し食料が入ってこなくなったせいで穀物の価格が高騰しており、3倍から5倍で取引されていたので、大儲けの機会に違いはない。
ちなみに、これから野菜類の植え付けの始まる村がどうなろうと知ったことではない。困っていたら、新王が助けるのが筋だ。
(で、あれば……)
盗賊の頭である勇者くずれ、素早く頭脳を巡らせる。
(生真面目そうな女勇者だ……袖の下を受け取るとも思えん。かといって、下手に手を出して騒がれるのも面倒だ。……それに、戦ったところで、売れそうなのは勇者と魔法剣士とエルフとガキくらいか……? あの黒いチビさえいなけりゃ、食料に加えて女どもも売れそうなんだが……)
そこに、戦士の1人が後ろから耳打ち。
「どうしたんだ、いいカモじゃねえか?」
「既に騎士団の雇われで、見回りの最中だったら面倒だ」
「ケッ、関係あるかよ。女ばっかりだぜ」
「あの黒いチビが見えねえのか!」
といっても、完全に魔力も気配も消しているオネランノタル、無頼の剣士ではまったく正体がわからない。頭が仲間の魔術師を見やったが、魔術師たちも眉をひそめて胡乱げなオネランノタルを見つめているだけで、判断がついていないようだった。
「オレの勘じゃ、ああいうのは手を出しちゃいけねえ」
「怖気づいてんじゃねえよ!」
そこで、当のオネランノタルが、
「行こう、フローゼ。何をやっているんだい。こんなやつらにかまっている場合じゃないよ」
「まあね」
フローゼもそう云い、賊どもを無視して歩き出したので、一行もゾロゾロと続く。フューヴァだけが、最後まで鋭い視線を賊どもに投げつけていた。が、これはいつものクセで、ただ単にガンをつけているだけだ。
「待ちな」
「ああ!?」
頭のドスの効いた声に反応したのは、これもフューヴァだけだった。
「かまうんじゃないよ、フューヴァ」
ふり向いたオネランノタルに云われ、フューヴァが、
「だってよお」
「急ぐんだよ、こっちは」
「チッ、分かったよ。命拾いしたな、てめえら」
歩きながら、フューヴァが賊どもを指さしてそう云った。
「まーた、フューヴァさんはよけいなことを云って……」
プランタンタンが顔をしかめ、そうつぶやいた。
が、今やまったく、なんの心配もしていない。このメンバーなのだから当然だ。
「待てっつってんだろうが!!」
云うが、勇者くずれがいきなり剣を抜き、不意を突いてフューヴァの背中に殺す勢いで叩きつけた。流石のフューヴァも、一撃で絶命する威力とタイミングだった。
「!?」
まさか、という表情でフューヴァがふり向きかけた時、もうフローゼが無銘の炎の神刀でその剣を受け流していた。
頭も驚きつつ、少し下がった。驚いていななく毛長馬を下がらせ、賊どもが素早くフォーメーションをとる。いっぽう、ストラたちは、身構えているのはフローゼだけだ。
「何を考えているんだい!? こっちは、敵対していないんだが!?」
オネランノタルが、本当に不思議そうにそう云ってフローゼの後ろに着いた。フューヴァがあわてて下がり、王都のほうを見やってつっ立っているストラの後ろに入る。




