第18章「あんやく」 1-8 ペンドロップ教授
いつもは、協会内をただぶらぶらするだけのマーラルだったが、その日は何か情報は無いかと掲示板に向かった。
(特任教授選抜班を編成……!?)
さすがのマーラルも、初めて見る掲示に驚いた。特任教授は、上層部がこれぞという魔術師に密かに声をかけるか、特任教授からの推薦による選抜が常で、公式に選抜班を組織というのは聴いたことがない。つまり、一般会員にとって特任教授はウワサには聴いているという知る人ぞ知る存在で、公に募集したり選抜試験を行ったりするものではない。
(どういうこっちゃ?)
マーラルは、ストラが撃退した特級侵入者により、特任教授の2割が死んだことを知らない。
また、一般協会員も、そんなことは誰も知らなかった。
ので、みなこのニュースには驚いていた。
(そもそも、こんな情報を一般会員に見せていいのか?)
マーラルは、知人の研究者に会いに、塔に向かった。
建物ではなく魔術師協会の象徴である塔に研究室がある者は限られており、かなり上層部だった。少なくとも、理事と理事を補佐する魔術官クラスだ。
塔の下で我々で云うエレベーターのような機構の前に立ち、出欠状況を確認すると知人は研究室にいたので、そのまま屋内転送路に入った。
ほぼ一瞬で27階に到達。この階には、5人の魔術師の研究室がある。
ノロマンドルとヴィヒヴァルンの中間ほどにあるランデル子爵領出身の、ペンドロップ教授だ。ランデル子爵家とは親戚筋で、ノロマンドルの魔術学校を卒業し、ノロマンドル地方の古い呪いと、ノロマンドル流稲妻魔法の研究者だ。この地位にあるのを見てわかる通り、元特任教授である。マーラルの正体こそ知らないが、無楽堂の主人として「只者ではない」ことを把握している協会でも数少ない人物だった。56歳になる。
「ペンドロップ教授、私だ」
部屋の前で、魔術錠に向かって声をかける。
「おい、久しいな、リール・マーラル! 今日は飲んでないのか!?」
そんな声と共に魔術錠が開き、扉も開いた。
すぐに、部屋中に光っている幾重ものプラズマがマーラルの眼に飛びこんだ。
「今は何の研究を?」
まぶしそうに目を細めながら、マーラルが入室する。
溶接用のマスクめいたものをかぶっているペンドロップが、マーラルにも同じものを渡した。
「稲妻で、敵を捕らえる網を造れないかと思ってね」
「一種の結界か」
「結界というより、魔獣や魔物の捕獲用だな」
その時、稲妻の檻がかき消えた。
「……短いなあ。威力も足りない」
嘆息と共に、ペンドロップがマスクをとった。頬に大きな傷跡のある、右目の隻眼の端整な顔が現れる。およそ魔術師らしくないこの相貌は、当然ながら、特任教授として激務の証だ。
マーラルも付けたばかりのマスクをとり、
「研究熱心なことだね」
「研究こそわが命だ……ところで、わざわざ研究室まで何の用?」
「うん、まあ……」
「座りなよ。何か飲む?」
「いや、いい」
「酒じゃないといやかね? 酒もあるぞ?」
「いや、いい。すぐ御暇する。ちょっと、聴きたいことがあってね」
「なんだい、改まって……」
「掲示板でな」
「特任教授の件か」
ペンドロップの声も、少しトーンが落ちた。
「選抜班って、どういうことだ?」
「君が、特任教授に興味があるとは知らなかったよ」
「普段は無いんだがね、無くはないよ。ああいう掲示のされ方というのは……寡聞にして知らないものでね」
「座って」
「ああ」
簡素な卓と椅子に2人が座り、ペンドロップの思考行使で勝手に茶が入った。
「知っての通り、バーレ産だ」
ペンドロップが片眼で笑う。
「君はその茶が好きだったな」
マーラルが、そう云って何とも云えない微笑を浮かべた。バーレはつい先日、国土のほぼすべてがマントル近くまで次元が抉れて滅亡した。
「何を云う、君の紹介じゃないか」
「そうだったかね」
バーレ産の高級半発酵茶が入り、まずは2人で静かに香りを楽しんだ。




