第3章「うらぎり」 5-5 変わらないため、ここにいる
もう慣れたシュベール、無視して話を進める。
「フランベルツを攻め滅ぼしても……私の領地には、手を出さないでいただきたい!」
「シュベールさんの領地ですか?」
「スルヴェン地方です!」
「スルヴェン地方……?」
「わが家が、代々三百五十年も治めておりまして……フランベルツ地方伯がここに来る前からいるんですよ、我が家は。ここがフランベルツになる前から、我々はここに住んでいるんです!」
「ふうん……」
いわゆる、国衆である。地方伯領内の、小領主だ。同じ国衆でも、リーストーンのように独立している所は少なく、たいていはシュベールのように大きな領主に仕えている。帝国を構成する七百余州のほとんどが、シュベールのような小領主なのだ。
「どこですか?」
「ヴィヒヴァルンとの国境沿い……フィーデ山を仰ぎ見る風光明媚な場所です」
「分かりました」
「おお……!」
シュベールが何度もストラへ礼をし、感謝を捧げた。
「で、では、私はこれからピアーダ将軍と会い、ガニュメデの情報を伝えます」
「シュベールさんも、裏切るんですか?」
「配下に裏切られるということは、君主に問題があるんですよ! これは好機です。フランベルツ公は、都に帰りたがっているんですからね。帰ってもらいますよ。ただし、二度とこの地に足は踏み入れさせません。では……」
シュベールがまたペートリューを跨いで行ってしまい、ストラは半眼をそんなペートリューへ向けた。
(水で洗ったほうがいいか……アルコール消毒したほうが早いか)
そんなことをシミュレーションしていると、仕立屋で採寸を終えた二人が戻ってきた。
「旦那、シュベールの旦那が来やんしたか?」
「来たよ」
「何の用だったんで?」
「よくわかんない」
「あ! ペートリュー、おま……床で寝るヤツがあるかよ! 起きやがれ!」
今更だが、二人が出発したころは、ペートリューは机で突っ伏して寝ていたのだが、そのうちにズリ落ちて床に転がったようだ。フューヴァがペートリューを揺すったが、酒とゲロ臭、それにギュムンデを出てから一度も風呂に入っていない体臭に顔をしかめる
「チクショウ、こいつ……アタシもギュムンデじゃ大概だったけどよ! もうギュムンデも無くなったし、意識変えろや! ずっとこの調子のつもりなのか!?」
「そら、あっしだって奴隷だったころの身なりは大して変わりやせんでした。だけど、あっしらは、ストラの旦那の御陰様で変わったはずなんでやんす。けど……このお人は、変わらねえために、ここにいるんでやんしょう」
「オイ、ペートリュー! もう三日もしたら出発するんだぞ? 飲み溜めもいい加減にしないと、戦場で酔いつぶれてたら、死ぬぞ! 死ぬ時くらい、身綺麗にしとけよ!」
「へえ!? フューヴァさん、前線に出るおつもりで!?」
「そんなわけないだろ。例えだよ」
「安心しやした」
云いつつ、プランタンタンが眉をひそめ、
「しかし……確かに、これからのストラの旦那の仕事に影響が出るやもしれやせん。見た目だけでも、パリッとしてもらわねえと……せっかくの魔法使いの専用ローブも、こんなんじゃあ、まるでどっかから盗んできたか、死体からひっぺがしてきたみてえでやんす」
「だけどよお、魔法使いのローブって、売ってないんだろ? 師匠からもらうとか、なんとか……」
「ペートリューさんのおっしょさんっちゅうと……」
タッソで死んだ、魔術師のランゼだ。
しかも、タッソは火にくるまれて滅亡したという。
新品調達は諦め、せめて本人を風呂に入れて服は洗濯することにした。仮宿の家主に事情を話すと、家の裏の広場に大きな桶を二つ用意してくれた。この街も、家に風呂のあるような屋敷は少なく、庶民は今時期のような暖かい季節に家の裏などで行水をする。
「ストラさん、もしよかったら、手伝ってください。アタシらだけじゃ……」
「いいよ」
ストラが軽々と小脇にペートリューを抱え、裏に出た。裏手なので人目も少ないが、元々裸に抵抗がある風習ではなく、女が外で風呂に入っていても、誰もあまり気にしない。




