第17章「かげ」 4-21 無機質かつ冷凍世界の奥底
地表からの距離より、橄欖石によるマントル層までの距離のほうが近いほどの深さである。
超絶的に巨大で広大なすり鉢の底に、直径10キロに及ぶ巨大な球状の空間があり、その最深部にオネランノタルは到達した。上級魔族でなくば、とうてい到達できない場所だった。人間やエルフであれば、恐慌状態となり確実に精神に異常をきたす。
さらに、オネランノタルには影響のないことだったが……不思議なことに、地下に行くたびに温度が下がり……やがて、完全に凍てついた世界に到達した。しかも、外気温はマイナス150~200℃という、まるで外惑星の夜の衛星地表面がごとき冷たさだった。
地熱が全て奪われているのだ。
その無機質かつ冷凍世界の奥底に、ストラが横たわっていた。
一見すると死体のようだったが、壊れている人形にも見えた。
「ストラ氏ィイイイイイイイイイイイイ!!!!」
四ツ目をむいて、オネランノタルが猛スピードでストラに近づいた。
オネランノタルの問いかけに対するストラの発光信号による会話は、以下のとおりである。
「ストラ氏!! 無事……じゃあないのだろうが、どういう状況なんだい!? 勝ったのかい!? 影の魔王はどうなったんだ!?」
「影の魔王は8体とも消失しました。多次元同時存在は、全て同一体ですので、すべて消失したに同義です。つまり、影の魔王は完全に消えました」
「なんだって……!! そうか……!! で、ストラ氏の状況は……!?」
「大規模次元乱数波への暴露は、この世界へ来た時とゲベロ島において既に2回経験し、対策法を構築してありましたので、最低限のダメージですみました。それでも、これまで集めたエネルギーの43パーセントを失いました。しかし、同時に次元転換法により半径300キロの地熱を一点集中して回収。失われたエネルギー量をやや上回るエネルギー量の会得に成功しました。さらに、次元操作系プログラムを限界を超えて回しましたので、他のプログラムに影響が出ております。ゲベロ島での暴露時より時間は遥かに短いですが、しばしプログラム修復に時間を要します。現地時間でおよそ7日です」
「な……なんだかよくわからないが、少なくとも7日は寝たきりということかい!?」
「はい」
「よし分かった……いますぐ代王のところに運ぶから、代王の城でゆっくりと休むことだね! それからのことは、ストラ氏の回復後に考えるとしよう!」
オネランノタルが魔力でストラを持ち上げ、恐ろしいほどの速度で転送をかけた。
流星のように光が天に向かって流れ、巨大な穴の底からとび出る。そのまま、東に向かって暗黒の中を走った。
その様子を、次元を超えて観測しているものが、いた。
バーレン=リューズ神聖帝国よりはるか南方大陸の地……ガナン地方のさらに奥地だ。
ヴィーキュラーガナンダレ密林エルフの高位の神官たちにかしずかれているのは、巨大な正十面体の結晶だった。エメラルドグリーンに薄く発光する結晶の大きさは、高さが7~8メートルもあるだろうか。密林に忽然と現れる断崖にあいている洞穴の奥深く、見あげるような鍾乳石が檻のように重なりあっている場所のさらにその奥に、巨大結晶は魔力を反発して宙に浮かんでゆっくりと回っている。
その結晶に薄く映っているのは、いわゆる合魔魂と同様の効果を得ている封印されし異次元・異世界の魔神だった。
ゾールンである。
(なるほど……そうかい、そうかい……異次元魔王サマは、次元破砕効果に弱いのかい……なるほど……ククク……なあるほどねえ……)
あんこ型の相撲取りのようにでっぷりと超えた竜人といった図体だが、その姿は片角も折れ、眼も白濁し、鱗は剥げて、色も黒ずんでいる。
死体なのだ。
つまり、ゾールンもアンデッドである。
分類上は、ドラゴンゾンビといえるだろう。
しかも、多次元同時存在体だ。




