第17章「かげ」 4-20 オネランノタルの怒り
そして……。
そのままややしばらく眼下を観察していたが、やがて球体が見る間に小さくなり、シャボン玉が破裂するようにパッと消失した。
(消えた……!!)
空間が未だにブヨブヨと歪んでいたが、地殻ごと何処かへ吸いこまれる現象は止まったように見えた。
慎重に観察すると、バーレ王国の大部分が波を打ってゆがみ、巨大な球のあった場所はすっぽりときれいに失われて、大穴が空いている。その大穴めがけて、さらに巨大な皿状に大地が陥没していた。
オネランノタルはゆっくりと降下をはじめ、魔力で空間を探りながら慎重に近づいた。
深さ約30キロ、直径約2000キロのゆるやかなすり鉢の中心に、直径約10キロの暗黒が存在していた。穴の底は地殻プレートを形成する玄武岩質層にまで達しており、あまりに空間が歪んでいて直視は不可能だった。オネランノタルですら、その暗黒を見つめているとひっくり返って頭から突っこんでゆきそうになる。
魔力の網を慎重に張り、警戒しながらオネランノタルが中心地点に近づいて行く。
地平の端が、暗くなってきた。
静寂に夕日がさしこみ、国土のほぼすべてが異次元に吸いこまれたバーレを照らした。
(ストラ氏……無事でいてくれ……よもや、何処かに消えてないだろうね……!?)
オネランノタルが四ツ目を細めた。
(ここまでこの世界を混乱せしめておいて、無責任に消えてくれるなよ……!!)
人間だったら泣いているような心境がオネランノタルを襲い、オネランノタル自身も自分の感情に驚いた。
パラシュートが降りるよりゆっくりとオネランノタルは暗黒に近づいていたが、やがてすっかり日が暮れた。暗黒が夜に闇に紛れて、何も見えなくなった。
そもそもオネランノタルの視覚が可視光線をとらえている保証はなく、どのように視えているのかもよく分からないが、とにかくオネランノタルは闇の中を孤独に降り、ストラを探した。
そうして、約3時間をかけ、オネランノタルはついにすり鉢の中心部分に進入。一気に魔力の捜索網を広げてストラを探した。
だが、気配はおろか、物理的にも何も存在しなかった。
オネランノタルは魔族であり呼吸をしないので分からなかったが、一部は空気すら存在しなかった。
しかし、重力や時間は存在した。
オネランノタルが深海魚めいて闇に四ツ目を光らせ、漆黒と無音の中で大地の底に向かってさらに沈下した。
だが、どれだけ慎重に捜そうが、ストラの存在はどこにも探知できなかった。
(まさか、本当にまたどこかの世界に飛ばされてしまったって云うのか……? いまさら、私たちを置いて……!? ここまで世界を変えておいてか!?)
オネランノタル、急に怒りが沸きあがった。
「ストラ氏ィイイイイーーーーーーーーーッッ!!!!」
四ツ目を魔力で歪ませ、闇に向かって叫んだ。
「こんなところで終わるなんて、許されないぞォオオオオーーーーー!!!! どこにいるんだあああアアアーーーーーーーーッッッ!?!?!? ストラ氏イイイイイイ!!!! こんな状態で世界を残されたって、どうにもできないんだああぞおおおおオオオオオッッ!!!!」
オネランノタルの怒りが自然に魔力を発光させ、明滅した。
「スウウウーーーーートオオオーーーーーラアアア氏ィイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
闇に、オネランノタルの怒号が響き渡って反響する。
「スゥウウーーーーートォオオオオオオオオオーーーーーーラアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
と……。
はるか闇の底で、今にも消え入りそうな光の明滅がその怒りに応えた。
「!!!!!!!!」
オネランノタル、一直線にその光に向かって進んだ。
地下30キロの深さなど、我々の世界でもあり得ない深度である。少なくとも我々の文明では到達不可能だ。どんな掘削機器も、地熱と圧力に破壊されるだろう。




