第17章「かげ」 4-14 霊子力
「シュアン=ドンは何をやっている!! いつの間に魔王が王都に来たのだ!! イエユエ=シャンはどこだ!! イエユエを呼べ!!」
中年の宦官に促されながら、タン=ルォン王が喚き散らしていた。
「宝物が燃える!! 歴代の宝物があああ!!」
目の前の壁にかけてある700年前の名書の掛け軸が見る間に燃え上がるのを見やり、王が発狂したような声をあげた。
「陛下、御早く! 陛下! 何卒!! 御逃げを!!」
玉体に触れることができない宦官は、王に急ぎ避難するよう懇願するだけだった。
「後生で御座います!! へい……」
その宦官の脇腹を、魔像兵の槍が横から突き殺した。
「……おのれ……!!」
王が、炎の中を続々と集結する魔像兵を睨みつけた。
「この魔王の手さ……」
王の身体を、5本の槍先が同時に貫いた。
そのまま炎中にタン=ルォンを打ち捨て、魔像兵たちは王宮の奥へ進んだ。
奥宮では逃げ惑っていた女官や王の親族、子供たちを区別なく皆殺しにし、奥宮の離れに建っていた裏王家の寺院にも突入した。
そこは、この喧騒の中にあってひっそりと静まり返り、陰気に満ちていたが、魔像兵はかまわず古寺に火をかけ、炎を裂いて中に飛びこんだ。
昼なお暗く冷え切った堂内には、すでに息絶えた女官や宦官の死体が数十体も転がっており、その中にイエユエ=シャンもいた。
魔像兵が、生き残りがいないか慎重にサーチした。
生きている者は、いなかった。
数体の魔像兵が死体に向けて熱線を放ち、一気に燃えあがった。
魔像兵が古寺を後にしたとたん、アッという間に立ち上った猛炎に包まれて、古寺が屋根から崩れ落ちた。
地獄の釜の蓋が開いたように真っ赤に光る王都城壁の隅に、凄まじい陽炎に紛れて、腕を組んだ玄冬が立っていた。
その赤い両目が、天を睨んでいる。
天の隅には、ストラとオネランノタルが浮かんで、焜炉のように燃えさかる王都を見下ろしていた。
「アイツ、どうして攻めてこないんだ?」
オネランノタルが、遥か下方の玄冬を見やってつぶやいた。
「もしかしたら、飛翔能力が無いのかもしれません」
ストラがそう答え、
「そうか……そうかもね!」
「しかし、ないと見せかけ、こちらを誘っている可能性もあります。油断しないでください」
「な……なるほど……!」
オネランノタルの笑みが、一瞬で消えた。
(ストラ氏と戦いながら、ここで待機している私を襲おうってハラか……!? 魔像兵にも飛翔能力は無い……防ぎようがないというわけだ……!!)
侮れない作戦だと思い、無意識にオネランノタルは距離をとった。
その玄冬、火葬の大火の陽炎と火の粉に混じる、人の焼けた魔力カスのようなものを大量に吸収していた。
王都民、30万人分の。
この世界の人間は、魔法世界なのにアンデッドがいないというだけあり、霊魂という概念があまり無い。精神は魔力に宿るという古い考えがあり、その精神と魔力の合わさったものが、霊魂という概念に近いかもしれない。魔術師でなくとも、この世界に生きるものは必ず魔力を有しているので、誰しも精神は魔力に宿っている。(従って、高魔力である高位魔術師の精神は、それだけ高貴だという概念もある。)
死ぬと、その魔力が精神とともに拡散して消滅する。死後の世界も、明確なものは無い。「魔力に還る」という考え方が、基本的な信仰と云えなくもない。神ですら、死ぬと魔力に還る。魔力の無い我々より、むしろずっと即物的であった。
しかし、玄冬のいた世界は霊魂があり、霊力があり、玄冬は霊子力で動くアンデッド兵器である。
まったく同じものではないが、この世界の魔力と精神の合わさったものが、霊子力の代替物といえた。玄冬はそれを食うことができた。
面頬の合間より呼気のような青白い煙を細く吐きだし、玄冬、
「異次元魔王……!!」
その焼けたコークスめいた両目が、無機質に空中のストラを捕らえた。




