第17章「かげ」 4-12 これで最期
なんにせよ、玄冬を使役している間、術者は玄冬に憑依されている状態となった。玄冬が行動する間、玄冬は術者の精気、生命力あるいは霊力を強力に消費した。バーレの人間にしてみれば、恐るべき量の魔力と生命力を同時に吸い取られる格好となった。
これは、もはやどうしてそうなるのか分からなかった。とにかく、現実としてそうなりながら玄冬を使っていることだけが事実だった。
短時間に2度も玄冬を使った夜月香こと譚夜月は、生きているのが不思議なほどだった。
つまり、玄冬がタン=イエ=ユエを憑り殺しかけている状態である。
しかし、殺したからといって、玄冬が自由になるわけではない。
1000年が経って、いまだにタン=ファン=リィの秘術は玄冬を(玄冬にとっては)理解も対処も不能な法で戒めていた。
玄冬は自由意思があるといってもアンデッドであり、しかも兵器であったため、その行動原理はむしろストラに近い。
タケマ=ミヅカに支配されていたときは、完全に兵器として(強いて云えば)プログラム上のコントロールを受けていたが、タン=ファン=リィの支配は外部からの強引な戒めであり、玄冬は自律型兵器としてこの支配からの脱出をずっと試みていた。次元を超えて入れ替わることのできる玄冬を、その能力ではなく行動原理のほうを戒めたのはタン=ファン=リィの慧眼だったが、それが子々孫々まで玄冬の使い手を苦しめることになろうとは、皮肉であった。
王宮内の一角にある裏王家の本拠である隠し寺院の本堂の中で、全ての生命力を吸い取られた従者や女官、宦官らの死体が床一面に転がっている。その死体に囲まれて、イエユエ=シャンは椅子に座り、虚ろにうつむいて微動だにしなかった。部屋に明かりも暖房もなく、冷え切っていて昼も薄暗かった。イエユエ=シャンはザンバラの白髪を隙間風に棚引かせて、死体のように真っ青な顔で、虚空をただ見つめていた。精気も生命力も魔力も玄冬に吸い取られていたが、老婆のようというより、むしろ脂漏のようだった。
(……イジゲン魔王様……イジゲン魔王様……イジゲン魔王様……)
イエユエ=シャンはもう思考もまともにできなくなり、全てを破壊し、解放してくれるストラにひたすら救済を祈るのみだった。
(……イジゲン魔王様……御助けくだされ……イジゲン魔王様……)
そのイエユエ=シャンの後ろに、ボロボロな忍び装束の玄冬が妖怪めいて現れた。
濃い藍色の包帯めいた覆面と面頬と額の鉢金の隙間から覗く真っ赤に灼けたコークスのような両眼が、イエユエ=シャンを見下ろした。
「まだ搾り取れる」
やおら玄冬がそうつぶやき、右手でイエユエ=シャンの頭蓋を鷲掴みにした。
そのままイエユエ=シャンを持ち上げるように仰け反らせ、強力に霊力を吸収した。
「ギィイイァアアアアアアアアア!!!!」
こんな絶叫を上げるほどの体力は残っているはずはなく、これはまさに魂の叫びであり、しかも本当に聴こえているのかどうかも定かではなかった。
また、イエユエ=シャンの魔力と生命力が、これほどのポテンシャルでもある証左だった。
伊達に、玄冬を連続で3回も使用したわけではない。これまでの術者であれば、ただの1回、しかも極短時間の暗殺仕事でこのようになった者もいた。それが、3回の内の2回は全力戦闘である。イエユエ=シャンは、裏王家始まって以来の傑物なのは間違いなかった。
(とはいえ、これで最期か……)
玄冬が、イエユエ=シャンを既に死体だらけの床に打ち捨てた。
イエユエ=シャンは完全に虫の息であったが、しかし、まだ死んでいなかった。
(……死ね……るか……まだ……イジゲン……魔王様が……あのバ……ケモノ……打ち果た……す……で……!!)
玄冬の気配が消えてから、イエユエ=シャンはビクビクと小刻みに揺れながら、白濁した眼にうっすらと涙を浮かべつつ、
「……ヒヒ……ハヒヒ……」
乾いた笑いを発した。
転送魔法の速度でバーレ王都まで飛翔していたストラとオネランノタルだったが、小一時間も飛んだ後、王都フエンの手前でストラが止まった。
「どうしたんだい、ストラ氏」
「オネランノタル、これから王都及び敵魔王に全力攻撃を仕掛けますが、敵魔王は次元戦が主戦法です。大規模次元断層、次元陥没、次元壁破断、次元破砕効果に充分に注意してください」
「了解した」
「それでいて、オネランノタルには魔像兵を用いて王都の物理的破壊を御願いします」
「分かったよ!」
「敵魔王のうち何体かが攻撃してきた場合は、オネランノタルは相手をせずに、魔像兵に相手をさせてください」
「魔像兵に……?」
オネランノタル、すぐに理解する。




