第17章「かげ」 4-9 狂っているほど粋な話
「縛り……とは?」
「それは、分からんが……そうでなくば、不思議な行動や言動の理由がつかないだろう」
「なるほど……」
ルートヴァンが、どこを見るでもなくどこか遠くを見やり、顎を触った。
「しかし、タケマ=ミヅカ様は、この世界の者ではないのに、神の声に応えて、責任をもって救世のことを御考えに……」
「タケマ=ミヅカ殿は、異世界人とはいえ、こちらで育ったというからな……愛着や情があったのだろうし、それを己の運命や使命ととらえたのだろうさ。しかし、ストラ殿は……たった半年ほど前にこの世界やって来て……この世界のために身を削って戦う理由がない。何のために魔王を倒して回っているものか……もしかしたら、元の世界に帰ろうとしてるのかもしれないだろう」
「それ……は……!!」
ルートヴァンの表情が、さらに固まった。
「それは……」
そのまま、うつむいてしまった。
「だから、それも含めて、きちんと本人に確認してみないと。そのうえで、我ら異次元魔王の使徒がどうするのか……そこからだろう。ストラ殿をどうにかして、世界を救うにしても、だ」
ルートヴァンが、力なく顔を上げた。
「そう……です……ね……」
フローゼ、そのルートヴァンの聞いたことがないようなか細い声に、仰天した。
「待って。そこで、魔王様が元の世界に帰るって云ったり、この世界の救世はできないって云ったら、どうなるの?」
ルートヴァンとマーラルがフローゼを見やり、マーラルがあっさりと、
「その時は、みんな一緒に世界ごと滅亡だよ」
「何を云って……!!!!」
フローゼは、そこでグッと言葉を飲んだ。
「……いやいやいや、ごめんなさい、どうせみんな狂ってるんだった。狂ってないと、魔王様を使って世界を救おうなどという単なる憶測でこんなに敵を滅ぼして、敵と一緒に市井の人々も亡ぼして、救世だなんて御大層なことを云ってられないんだった」
フローゼのその言葉は半分本気で、半分皮肉だったが、マーラルが、
「この世なんて、いつか絶対に滅ぶのだよ! この世は、無常と厭世でできているんだ! ただ、それを座して待つより、少しでも抗ってやろうという粋な話ではなかったのかね、ヴィヒヴァルン代王……!」
そこで、ルートヴァンにいつもの不敵な微笑みが戻った。
「フ……僕としたことが、失礼した。全てのことの始まりである僕とヴィヒヴァルンが迷い、躊躇していては、どうにもならないことだった。聖下には、この世界をなんとかして救っていただけるよう、頼むほかはない。それで、聖下がそれを断り、元の世に戻るというのであれば、それはその時だ。異なる抗い方を考えるのみ。だが、僕はタケマ=ミヅカ様を信じたい。タケマ=ミヅカ様は、ストラ様こそが、御自身の次に救世を行えると確信したのだろうから!」
フローゼが、これも不敵な笑みで、
「その言葉を待ってた」
「タケマ=ミヅカ殿にも、機会があればそのあたりを聴かねばならんな」
マーラルがそう云い、
「まだ、目覚めんのか。たしか、異次元魔王とゴルダーイの戦いで破損したウルゲリアの時空を補修してから、現れていないとか?」
「左様です」
「結論から云うと、このままでは、世界はあのウルゲリアのようになるのだ。いや……もっとだ。あれとは比較にならんほどの魔力に呑まれて、世界は押しつぶされ、分解される」
マーラルがそこで、厭世を極めたような表情となって、室内ながら遠くを見やり、
「全ては、魔力に還るんだよ」
と、つぶやいた。
「けど……それを阻止しようというだいそれたことをしようとしているのだから、確かに徹底的に開き直らないと、精神がどうにかなっちゃうかもね」
フローゼがいたずらっ子っぽい無邪気な笑みを浮かべてそう云い、
「開き直りとはなんだ、フローゼよ! 人聞きが悪いぞ」
「だって、みんな狂ってるんでしょう? 狂うほどの開き直りでしょ。成功したら救世の英雄、失敗したらみんな一緒に滅ぶから怖くない。そんな考えで、世界を滅茶苦茶にしている。無責任の極みじゃない?」
「そりゃ、そうかもしれないが……」
ルートヴァンも鼻で笑った。
「その通りだ。どうせ失敗したところで、みんな一緒に仲良く滅亡するだけなんだよ。放っておいても滅亡するしな。気負うなとは云わんが……気負ったところで、どうしようもないんだ。私ですら! やれることを、やるだけだろうさ。粛々とね」




