第17章「かげ」 4-6 別れ、そして王都へ
そうして40分ほど進んだので、距離的には東に約300キロほど進んだころ、飛行船がゆるやかに速度を落として高度を下げた。
窓は無いが、周囲の大部分を透明化させると、眼下に広大な山地と森林、それに囲まれた大きなカルデラ湖があった。1か所だけ山の縁が切れて滝になっており、そこから谷間が続いて山々をうねる川になっている。
雲霧エルフたちが歓声をあげた。
「人が訪れないから、名前もないんだよ」
ルートヴァンがそうつぶやいた。
「長よ、我々は今後、勝手に雲霧エルフの湖とか、その滝とか呼ぶので、お前たちも好きに名付けて勝手に呼べ。地図には秘しておく」
「有り難き幸せ……」
雲霧エルフ達がそろって涙ぐみ、ルートヴァンを伏し拝んだ。
「よしよし、では、あの滝の近くに下りるぞ!」
飛行船がさらに高度を下げて、見る間に大きな滝の傍の木々の上に停止した。
そこからまた非常階段のような階段が地面まで下りて、一行がぞろぞろと森の中に降り立った。滝のせいか、先ほどの森よりかなり湿潤に感じられた。
もっとも雲霧エルフ達にとっては、これほどでもカーウュンの深き森の乾いている時期のようだったが。
降り積もった雪もザクザクのザラメ雪になっており、すでに春が近い。
「おい、リン=ドンよ、おまえも、ここに住むということでよいのだな?」
ルートヴァンがそう云い、リン=ドンが袖を合わせて皆に礼をした。
「ハイ。魔王様やオネランノタル様に御挨拶ができなかったのは心残りですが、この大きな湖に腰を落ち着けたく思います」
「そうかよ、短かいあいだだったけど、楽しかったぜ。元気でな!」
あっけらかんとフューヴァがそう云い、プランタンタンとペートリューも笑顔で別れを惜しんだ。
「よろしく頼みまする。豊かな霧を御護りくだされ」
エルフたちがリン=ドンにそう挨拶し、リン=ドンも袖を合わせて礼をしながら、
「こちらこそ、末長う御頼み申します」
云うが、さっそく滝と湖の水気を使って冬の冷たい霧を発生させながら少年から大きな蛟竜となるや、宙を舞って伸びあがり、崖の向こうの湖に向かって飛んで消えた。
それを見送って、ルートヴァンが、
「では、そのキノコの栽培など、リン=ドンとうまくやれ。困ることがあったら、遠慮なく王宮へ伝達を飛ばすように」
「ハハーッ……」
エルフ達がいっせいにルートヴァンに臣下の礼をとった。
「じゃ、僕らはいったん宮殿へ戻ろう。聖下と影の魔王との戦いの後を協議しなくては。実は、ペッテルから興味深い疑義があってな……」
ルートヴァンが、マーラルやフローゼ、リースヴィルに向かってそう云った。
「その間、フューちゃんたちは宮殿でゆっくり休息していなよ」
「冗談じゃねえぜ、ルーテルさん。アタシらは、あんな気の使うもてなしはもうまっぴら御免だよ。おかげさんで金もあるし、3人で、適当に街の隅っこにいるから」
「それこそ冗談じゃない、3人に何かあったら、僕は聖下に殺されるだけじゃすまないんだから! 街中なんかダメダメ!」
「なんでだよ、ルーテルさんのとこの都だろ!?」
「どんな為政者だって、下町の隅々まで眼が届いてるわけないじゃないか!」
「そうは云ってもよう……なあ」
フューヴァがプランタンタンを見やり、プランタンタンが、
「じゃあ、御城の隅っこの物置かなんかでいいでやんす。ペートリューさんは、どこでもひっくり返ってるだけでやんしょうけど」
「そのとおりですう」
ペートリューが否定もせずにヘラヘラして水筒を傾け、何かの酒をガブ飲みするのを見やり、ルートヴァンが肩をすくめた。
「せめて、使用人宿舎にしてくれよ……」
そう云って嘆息し、3人もそれで手をうった。
雲霧エルフ達やリン=ドンと別れ、一行はそのまま魔法の飛行船でヴィヒヴァルン王都ヴァルンテーゼへ向かった。
王都に到着したのはその日の夕刻近くで、すでに薄暗くなっていたので巨大UFOめいた灰色の飛行船は、王都民には全く認識されなかった。ただ、一定のレベル以上の魔術師は、その存在と魔術式を感知し、また代王ルートヴァンが新しい魔法を開発したんだ……と、感心し、感嘆し、深く敬愛したのだった。
プランタンタン達にしてみれば、半年以上ぶりのヴィヒヴァルン王宮だったが、フローゼは実は初めてだった。ノロマンドル公爵邸の数倍はありそうな規模と、魔法照明が我々の電気照明がごとくそこかしこで煌めいている魔術城に、素直に驚愕していた。




