第17章「かげ」 4-5 現場の魔術
長がそう云って地面に額をこすりつけると、他のエルフたちも一斉にそれにならった。
「面をあげなされ。全て、異次元魔王様の思し召しにて」
エルフたちが跪いたまま、また一斉に顔をあげた。
「この森のさらにずっと東に……森林に囲まれた、わが国で最も大きな湖がある。気候としては、それほど変わりは無いのだが、少なくともここよりは水気がある。その湖は標高が少し高い位置にあるので、流れ出る川や滝もあったはずだ。畑に出来る土地が無く、人は滅多に近づかない。お前たちが住んでいた場所より雨は少ないだろうが……このリン=ドンが、術で近い環境の再現を試みるそうだ。どうかね……」
リン=ドンがそこで前に出て、
「あの白くて細いものも、そこで栽培を試みましょう。術の助けがあれば、なんとかなるやもしれません」
確かに、霊雲芝は湿った苔で包んであらかじめ準備していたものを、各人が大切に持ってきた。この森では植え付けは不可能だろうが、そこではできるかもしれない。
「御任せいたします。その湖のほとりに、どうぞ連れて行ってくだされ」
雲霧エルフたちがそう云い、ルートヴァン、
「では、そうしよう。リン=ドンよ……お前も、その湖でエルフたちと共に暮らしてくれるのかね?」
「勿論です、ルートヴァン様。魔王様にくっついて、イェブ=クィープにでも参ろうかと思っておりましたが、よもや東方に住まうことになろうとは思ってもおりませんでした。しかし乍ら……これも魔王様が御導きくだすった縁。喜んで参りましょうぞ」
リン=ドンの短い冒険は、ここに終着した。
「マーラル殿、あと少し、次元回廊を伸ばす力は残っておりますかな?」
「残っておらんね」
マーラルが肩をすくめる。
「毛長馬で行ける場所でもないですし……王宮の魔術師総出で、少しずつ短距離転送をかけるか……いや、待てよ。オネランノタル殿の、魔力の大きなかごを試してみるか……」
ゲーデル山で散々乗った魔力ゴンドラを思い出し、ルートヴァンがうなずいた。
ルートヴァンがそこでこの森へ一緒に来た魔導参謀本部や王宮の魔術師たちを集め、臨時にたったいま考えた式のアイデアを伝えた。みな魂消ていたが、
「これが、僕が魔王様より教わった現場の魔術というものだ! 研究室で式をこねくり回しているだけが、ヴァルンテーゼ流ではない!」
魔術学校の古参教授や、帝都の魔術師協会の会員が聴いたら、これでもかと顔をしかめるような発言であったが、新王と共に新しいヴィヒヴァルンを作ると意気ごんでいた新任の魔術師たちはむしろ興奮し、
「やります、やってみせます、陛下!」
そう云い、ルートヴァンが考えた魔術式の基礎組をみなでいっせいにブラッシュアップし、ものの30分ほどで中型の飛行船のようなものを作り出した。
「よし、これを安定化できれば、王国の輸送に革命が起きるぞ!」
誰かがそう云い、ルートヴァンが満足そうにうなずいた。
「エルフたちが、みんなで動けるようになったのかよ?」
フューヴァが、森の上空に浮かぶ銀灰色の物体を見上げてそう云った。この世界の者たちには想像もつかないが、我々のイメージでは完全にUFOだった。
「……あれに、どうやってみんなを乗せるんだ? ルーテルさん」
「階段をのぼってもらうしかないなあ」
云うが、アパートの階段のような踊り場のある階段が、パタパタと魔法の飛行船から下りてきて、
「みんな、これを上ってくれ! これで一気に移動するぞ!」
ルートヴァンの指示に、元より魔法に長けた雲霧エルフ達は、この巨大な魔法の飛行船に感嘆して、何の疑いも躊躇もなくゾロゾロと並んで階段を上った。
そうして最後にフューヴァ達やフローゼ、マーラル、リン=ドン、ルートヴァンと配下の20人ほどの魔術師が乗りこんだ。
中は座席などがあるわけでもなく、ただ単にだだっ広い灰色の空間だった。
「せっかく空を飛ぶのに、窓もねえのかよ」
フューヴァの悪態に苦笑しつつルートヴァン、
「臨時の魔法でこれだけのものを作ったんだから、褒めてほしいね、フューちゃん」
「ナニ云ってんだっつうの! ルーテルさんや、王宮のスゴイ魔法使いさんがたなら、それくらい余裕だろってこと!」
ギョッとして魔術師たちがフューヴァを見やり、中には睨みつける者もいたが、
「相変わらず手厳しいね!」
ルートヴァンがむしろ楽しそうだったので、何も云わなかった。
「ま、とりあえず出発しよう」
ルートヴァンが、モップの柄みたいな愛用の単なる白木の杖で方向を指し示すと、飛行船が音もなく空中を滑った。
そのままグングン速度を上げて、時速で云うと530キロほどまで一気に上がった。




