第17章「かげ」 3-21 タケマ=ミヅカの絵巻物
そこへ、
「御待たせ致しました」
冬用の厚い神官装束を着た、1人の初老の男性が現れた。
「館長のタケマ=ナゴマサです。斎王陛下より話は伺っております。本日はようこそ……」
ナゴマサが礼をしたので、一行も礼を返した。
「さて、皆さま、さっそく聖画を御覧になられていたようですが……タケマ=ミヅカ様の御話しは、端から話すと長う御座います。外国の方には難しい御話しもありましょうから、畏れ多いことながら、少し端折りまして、御話しを……」
「はい」
ホーランコルらが、ナゴマサの後ろについた。トラルも、補佐でその横についた。
「この絵は、タケマ=ミヅカ様がこの世に遣わされた瞬間を描いております。タケマ=ミヅカ様は、およそ1000年のむかし、今のこの神殿のある地に、天より遣わされたのです」
「……母親より生まれたのではなく?」
ホーランコルの質問に、ナゴマサ、
「左様で御座います。今にして思えば、神が御遣わしになった神の子にて」
もちろんホーランコル達はそれが神話ゆえの比喩表現だと思ったが、現実は元の世界の次元兵器テロによる異世界転移現象であったことは、第14章第1部で述べてある。
「こちらは、タケマ=ミヅカ様が御幼少期より優れた知恵と知識、さらにはこの世のものをはるかに超える身体の動きや御力、そして強大なる魔力を備えていたことを表しておりまする」
これも、神話ならではの比喩や誇張ではなく、異世界で既に転生実験を経た武満観水樹魔導博士が、さらに異世界転移を経て、異世界人としてのチート能力を発揮していたのだ。
「こちらは、神の子と讃えられていたタケマ=ミヅカ様が、救世の神託を受けた場面にて」
この神託を与えたのが古クールプールラーン神であったことも、第14章にある。
「ここからが、救世の旅の場面。伝聞もありますが、細かいところをのぞき、およそ帝都の伝承と変わりません。こちらでは、旅の御仲間が。この通り、後に国を起こす方々、さらには魔王となられる方々も描かれておりまする」
ホーランコルが、今度はしっかりとゴルダーイの絵姿を見つめた。
「……すみません、この御仲間の方々を、説明していただけますか」
キレットがそう云い、ナゴマサが、
「はい。この御方が、チィコーザ雷鳴王となられるイヴァールガル様。この御方が、ウルゲリアで魔王となられるゴルダーイ様」
ホーランコルが大きく息を吸い、一瞬、絵巻物から目をそむけたが、再びしっかりとゴルダーイの姿を凝視した。そんなホーランコルを、キレットとネルベェーンが見やった。
「この御方が、魔導都市を作られる仙人マーラル様。この御方が、放浪の老魔術師ロンボーン様。こちらは、魔族ながらタケマ=ミヅカ様に帰依なさったブランジュー様。こちらが、はるか世界の裏よりタケマ=ミヅカ様の召喚に応じ参られたという、道士譚様。こちらが、忠実なる忍びの者という、玄冬様です」
ルートヴァンより聴いていた話とほぼ変わらない内容だったのだが、特に、魔族と忍者が公式記録に残っているのが不思議だった。通常は、こういった手合いは記録に残らない。
「他に、御仲間はおられなかったのですか」
「地域によっては異なる方々が伝わっておるようですが、その地の伝説でもありますし、実在したかどうかはわかりません。それに、この御仲間の方々が異なる名前で伝わっている可能性を唱える研究者もおります」
たしか、帝都でペッテルがそのようなことを云っていた。このタンとかいう者が特に複数の名前で伝わっているのではないか……と。
(だが……ここで話を聴いている限りでは、公女様の情報と大差ない。もっと深く文献などを調べる必要があるだろうが、いきなりは無理だろう……)
キレットはそう判断し、ルートヴァンに現時点での報告をすることにした。
「ホーランコルさん、まずは、この資料館のことを殿下に報告いたしましょう」
「そうですね」
ホーランコルも同意した。しかし、ホーランコルとしては、敵の魔王とストラの関係についてのほうが重大事に思えた。
(なにせ、世に魔王がどこにどれだけいるのか誰にもわからず……タケマ=ミヅカ様とストラ様では、魔王を倒す意味が違うのではないか……というのだからな! ……殿下はどうお考えなのか……)
一行の壮大な旅の目的が、根本から揺らごうとしていた。




