第17章「かげ」 3-15 魔王の戦力を削ぐ奸計
ドキドキしながら女将について行くと、何度か折れ曲がる通路を通って、何回か階段を上り下りし、広間に案内された。
(ひ、ひとりで戻る自信がない……まさか、仲間と引き離すために、わざと迷路になっているのでは?)
そんなことまで考えてしまう。
(クソッ……ここにきて、もてなしなのか罠なのか分からんとは)
内心で苦笑しつつ嘆息し、女将がいちいち座って障子戸を開けると、仄かな間接照明のなか、既にキレットとネルベェーン、アルーバヴェーレシュが席についていた。みな同じように浴衣に近い着物に帯を適当に結んだ、だらしない姿だったが、そもそもの民族衣装が似たような布を巻きつけただけのキレットとネルベェーンは、ホーランコルと違って妙に馴染んでいた。
それより、アルーバヴェーレシュが素顔だったので、
「いいのか」
席につきながらホーランコルが訪ねた。
「ここまで来て、どうもこうもない。狩れるものなら狩ってみろ」
銀目を不敵に細めて、アルーバヴェーレシュがネコ科動物めいた殺気をまとった笑みを浮かべた。
4人が席に着くと、次々に料理が運ばれてきた。最高級の会席料理だ。
とはいえ、4人にとっては異様に量の少ない一品料理がやたらとたくさん出てくるといった印象で、しかも、
「……やっぱり、この細い棒で食べるのか」
箸をとって不安げにホーランコルがつぶやいた。もっとも、キレットとネルベェーンは帝都の西方出身の親父が営む料理屋で箸をマスターしている。
「どうぞ、御遠慮なさらずに、こちらを御使いください」
女将が匙とフォークのような刺すものを出した。両方とも木でできている。
食前酒は、我々の梅酒に近い木の実を漬けこんだ薫り高いリキュールだった。ホーランコルは酒を飲んで大丈夫かとも思ったが、アルーバヴェーレシュの云う通り、ここまで来て警戒も何もないと考え、一気に飲み干した。東方人にしてみれば、ジュースかというほど度数が低かったので拍子抜けした。
そのまま八寸、前菜、魚介の揚げ物、焼き物、煮物、山鳥や兎のような小竜や野生の野毛豚などのジビエの肉料理による同じく揚げ物、焼き物、煮物、さらには1人ずつ仕立てられた小鍋まで出てきて、意外に満腹になったので驚いた。なお、タケマ=トラルより事前に聞いた一行の食習慣により、刺身は省かれた。
酒は、イェブ=クィープの名物であるコメの蒸留酒だ。つまり、日本酒に近いものである。ワインより飲みやすく感じ、ホーランコルはついつい杯を重ねて、柄にもなく酔ってしまった。
鍋に残っただし汁で作った雑炊を〆にし、デザートでは干し柿のようなドライフルーツを酒粕であえたようなものが出てきた。
動けないほどに心も胃も満足し、ホーランコル、
「たかが別動隊がこんな贅沢をして、フューヴァさんがたに申し訳ないな」
ほろ酔いでそうつぶやき、アルーバヴェーレシュが、
「たまにはいいだろうさ。ずっとほぼ旅の糧食で過ごしてきたんだし……それに、仕事は明日からだぞ。殿下から託された依頼は、次の魔王の情報と、メシャルナー神が神に御成り成さる前の情報を聴くことだ。それが魔王様は次の神に成る手がかりとなり、魔王様がここを訪れる下準備になる」
皆がうなずきあい、
「気を引き締めんとな。これだけ酔って云うのもなんだが……歓待に気を許しきるなよ」
ホーランコルの言葉を聞いたアルーバヴェーレシュとキレットが、思わず吹き出して笑った。
「その通りだが、おまえさんがいちばん気をつけろよ!」
笑いながらアルーバヴェーレシュに云われ、ホーランコルが、
「その通りだ!」
ぐい飲みに残っていた酒を飲みほした。
その後はなんと部屋に按摩がおり、4人ともすっかり全身をほぐされた。アルーバヴェーレシュとキレットには女性の按摩がつくという気の使いようだった。
ホーランコルなどは、施術を受けているうちに爆睡してしまい、気がついたら明け方だった。明かりが消され、布団が掛けられていた。
「……まいったな……」
喉が渇いたので仄かな明かりが点き続けている露天風呂に出ると、大量の水を飲んでそのまま風呂に入った。
「ぅあああ」
思わず変な声が出て、自分でもびっくりした。
(これはまずいぞ……こんな生活をしていたら、旅に戻れなくなる)
ホーランコルは、俄かに空恐ろしく感じてきた。この歓待自体が、魔王の戦力を削ぐ奸計なのではないか。
そのまま出たり入ったりを繰り返して冷気と湯と交互に身をゆだね、だんだん白んでくる空を楽しんだ。夜の帳から濃い藍色に変化し、次第に東から明るくなって、暁暗に鳥の声なども聞こえてくる。




