第17章「かげ」 3-14 高級宿
日も暮れかけてきたころ、ホーランコル一行は、祭祀王にしてタケマ宗家当主タケマ=マキラの住まう神殿兼王宮である神祇庁に一番近い最高級温泉宿に入った。
「まずは、休んでくだされ。明日には、御当主マキラ様に謁見できるでしょう。マキラ様からも、皆様にお尋ねしたき義がいろいろとあるようで……」
「そうか」
「では、またあとで……」
タケマ=トラルはそう云って、大きな宿の玄関先で別れた。
イェブ=クィープの習慣で履き物を脱ぎ、靴下も脱いで温泉で足を洗うと、そのまま渡り廊下や階段を通って離れのような別邸に通された。武装もそのままを許された。それぞれ、個室の離れだった。調度品も設えも最高級で、真新しい畳の匂いが一行にとって新鮮だった。
日が暮れて照明に火が入り、ぼんやりと室内を照らす。大きな火鉢が唯一の暖房だったので、正直、これは西方で一般的な暖炉やストーブのほうが暖かかった。
「こちらが温泉です。御自由に。服は洗濯と補修に出しますので、かごに入れて置いてくださいまし。貴重品は、肌身離さずに御願いします。着替えは、こちらをどうぞ。夕食ができましたら御呼びいたします。東方の方は、卓と椅子のほうがよろしいでしょうから、別室で御用意いたします。それでは御ゆっくり」
立派な着物を着た女将が笑顔で説明し、ホーランコルの部屋を持した。これは、ホーランコルが一行の隊長とトラルに教わっていたからだ。ほかのメンバーには、中居が説明していた。
「ふうん……」
あまりの異質さと高級さに、落ちつかないというよりホーランコルは戸惑っていたが、とにかく武装と旅装を解き、畳に座った。イェブ=クィープの入浴習慣はタケマの隠し里で教わっていたので、タオルを手に離れの裏手の露天風呂に向かった。隠し里のようにあまり広くはないが、しっかりとした造りの岩風呂で、ホーランコルの体格でも足を延ばしてゆっくりと浸かることができた。もちろん、源泉かけ流しである。
木桶に湯をとり、木綿の手ぬぐいで身体を洗うと、ホーランコルは湯に浸かった。ウルゲリアでは沐浴や行水が主であり、冒険者になってからは水浴びがメインだったので、ここまで湯に身体を沈めるというのは隠し里の露天風呂に続いて二度目だったが、早くもこの抗いようのない快楽に魅了されていた。
(殿下ですら、これほどの快楽を味わったことは無いだろう……)
そう思うと、申し訳なさすら感じてくる。
しばらく浸かっていると大量の汗をかき、俄かに喉が渇いた。ふと見ると岩場に流れっぱなしの清水と竹のコップがあったので、ホーランコルは湯から出るとその水を飲んでみた。
「うまい」
思わず独り言が出るほど旨さを感じて、感動した。ただの水が、こんなにうまいとは。
かけ流しの温泉やこの清水が流れる音すら、優雅な音楽に聞こえてきた。けっこうな街中のはずだと思ったが、外の喧騒が全く届かない。
(これも演出なのか……とんでもない贅沢だな)
ホーランコル、高級宿の高級たるゆえんが分かったような気がした。
湯から出て大きな手ぬぐいで身体を噴き、服を着ようとすると無くなっていたので魂消た。
(そ、そうか、洗濯するとか云っていたな……なにもそこまで……)
そう思いつつ、剣や財布の金袋は手付かずなのに感心した。わざと、そこらに置いておいたのだ。
着替えは浴衣のような着物だったが、ホーランコルは着方が分からなかった。が、トラルや現地人の格好を思い出して袖を通すと、適当に帯を結んだ。
それで座卓に座って寛いでいると、温泉の効果か、汗が引かなくて参った。火鉢が暑いくらいだった。
(すごいな……)
手ぬぐいで汗をぬぐい、水を飲みまくった。
そうしてすっかり暗くなったころ、離れの引き戸が東方流にノックされ、
「失礼致します、ホウランコル様、御食事で御座います」
また、女将のそんな声がした。
「分かりました、いま行きます」
このかっこうで行ってよいのかどうか迷ったが、どうしようもないのでそのまま戸を開けると、なんと夜用のシックな柄の着物に着換えた女将が正座していたのでびっくりした。
そんなホーランコルをよそに、まるで糸で真上に引っ張れたかのように音もなく女将が正座からまっすぐ立ち上がり、
「こちらへどうぞ」
と笑顔で云ったので、ホーランコルは二度驚いた。
(こ、この者、実は熟練の剣士か刺客ではないのか……!?)




