第17章「かげ」 3-13 聖地イアナバ
このカランドを越えるとまた山に入って峠となる。峠に宿場町オチヌとオチヌの関所があり、そこを抜けるとついに聖地イアナバだった。
真冬なので繁忙期に比べると街道は空いていたが、それでもこれまでの旅に比べるとウジャウジャいるという印象だった。みなイェブ=クィープの民で、比較的背が低く、黒髪で、髷を結っている。顔立ちはいかにも西方人で、ホーランコルやキレットらに比べるとかなりのっぺりしている。そこで気づいたが、タケマ=トラルは思っていたより顔が濃いのだった。この国では。
それは、どうでもよいのだが……。
アルーバヴェーレシュは念のため深くフードをかぶり、ホーランコルらは冒険者姿で普通に歩いていたが、まずみな背がでかく目立った。153センチのアルーバヴェーレシュで、一般的なイェブ=クィープ人男性と同じかやや小さいほどで、女性はさらに小さい。162センチのキレットですら大きいほうで、女性としては大女だ。180近いタケマ=トラルはむしろ大男で、それより少し大きいホーランコルとネルベェーンは、見あげるほどだった。
これは遺伝的要素もあるのだが、主に食生活に起因する。この国では、ほぼ肉食をしないのである。野生動物を少し狩って食べる程度で、家畜は農作業に従事するため、食用ではない。食用という概念すらない。野鳥やウサギのような小竜は好んで食べられているが、家畜化するほどではない。これはこの土地がたまたま牧畜や家畜の飼育に向いていなかった結果であり、昔の日本のような宗教的理由ではないことに留意する必要がある。
そのようなわけで、バーレに向かう帝都街道をはるかに超える数の奇異の眼に曝されながら、一行は街道を進んだ。そもそも街道を通らず荒野より侵入した不正入国者であり、案内役のタケマ=トラルがいなかったら、どうなっていたことか。
「東方人が聖地に何の用だ!!」
昼過ぎ、峠の関所に入る前の人だまりですら、棒を持って帯刀した役人が10人近くも飛んできてそう血相を変えた。
ホーランコルがタケマ=トラルを見やり、大柄なトラルが身をかがめながら役人の1人に何かしら耳打ち。役人が驚愕の表情となり、また関所に飛んで戻った。
それから衆人注目のなか、
「東方人と御案内役殿はこちらへ!!」
と大声がして、一行は関所の門ではなく通用口のようなところを通って関所母屋の裏に回った。
そこでは、一時的に関所を止めて奉行を含む何人かの高級役人が屋外にうちそろっており、
「御勤め、御苦労様に御座る」
立ったままタケマ=トラルに深々と礼をした。
「かたじけない」
タケマ=トラルも深く腰を曲げたので、ホーランコルらも格好だけ真似てそうした。
「さ、御通り下され」
中年で強面の奉行がそう云って片手で指し示し、一行はそのまま関所の裏を通って街道に合流した。
「すごいな」
街道を往く人びとの驚きの眼を受けながら、ホーランコルが関所を振りかえってそうつぶやいた。
「なにせ、御宗家の客人ですからな。イアナバの内では、みなさまはほぼ自由に動けますよ」
「ふうむ」
ホーランコルが感慨深げにうなる、もっとも、ストラやルートヴァンの命もなく勝手に動くつもりもないが。
深い晩冬の森の中の一本道を巡礼者と一緒になって歩き、ゆるゆると峠をおりる。
そうして、2時間近くも歩くと、ふいに森を抜け、視界が広がった。高台から広大な扇状地であるイアナバの平野が見えて、その奥には冬の荒々しい水平線が見えた。三方を山に囲まれ、一方が海に面している、典型的な要害の地だった。巡礼者たちも、その絶景に立ち止まり、目を見張っていた。ある者は、その風景を拝んでいる。
「ようこそ。これが、イアナバに御座る」
タケマ=トラルが、誇らしげな笑顔で云った。
イアナバは、広大な森林地帯と社町と田畑と温泉と旅館で構成されており、巡礼者でごった返していた。これでも厳冬期なので少ないほうだという。人口は約3万人。そこに、常時7~10万人の巡礼者がいる。ほぼ毎日そこかしこで何らかの祭祀が行われているが、年末年始と、年に2回の例大祭の季節は、巡礼者がその倍にふくれあがる。
田畑にする土地が限られており、また水田にできる水も限られているため、山あいでも取れる雑穀やソバのような穀類が主流かつ名物だった。その他、眼前の豊かな海で獲れる海産物だ。米はもっぱら奉納品を使っている。巡礼者の落とす莫大な金のほかに幕府からも米や金銭の献上があるので、困ることは無い。
この狭い土地に、山あいも含めて7か所の温泉の源泉があり、それぞれ小さな温泉町を形成している。巡礼者の全てが温泉地に泊まれるわけはなく、全て高級宿だ。その代わり、大小の公衆浴場が28もあった。




