第17章「かげ」 3-12 報告
「どうなってる……」
ホーランコルが、重い息をついた。
「ネルベェーン、2人を探してくれ」
「もう探している」
すでに、魔蟲が四方に散っていた。
「まさか、とは思うが……」
ホーランコルが慎重に周囲の足跡を確認する。だが、ホーランコルの観察眼では、自分たちやキレットらのかんじきの跡と、襲撃者がいたとしてその足跡の違いが、まったく判別できなかった。それを判別するには、特殊な技能か魔法が必要だ。
「すぐ近くにいる。戦闘中だ」
ネルベェーンの声に、後ろをついて来ていた先ほどの山下嵐が、もう突進していた。
キレットも魔蟲を駆使して迎撃していたが、まだ本調子ではないアルーバヴェーレシュを庇いながらなのと、マーガルらの攻撃が執拗なので苦戦していた。
そこに山下嵐が目の色を変えて突っこみ、さしもの忍者たちも度肝を抜かれて慌てふためいた。
「なっ、なんだ!?」
キレットは、ネルベェーン達が戻ってきたと判断。術と魔力を魔蟲に集中する。
冬でも周囲を飛び回っていた30センチほどもある古代昆虫めいた2匹のハチのような怪物が、山下嵐に驚いて隊形の乱れた4人のマーガルに襲いかかった。さすがマーガル、足元が悪いにもかかわらず刀でハチ魔蟲を撃退したが、そこを後ろから山下嵐が襲う。
山下嵐め、4人のうち2人を一撃で殺したが、残る2人がすごい勢いで脱出した。
「大丈夫か!」
ホーランコルが、雪をかき分けて、2人に近づいた。
「面目ない、こんなに体調を崩すとは思わなかった……」
アルーバヴェーレシュが、息も絶えだえな様子で答えた。
「しかし、追手がすごいな」
ホーランコル、マーガル忍者の死体を見やってつぶやいた。
マーガル、すなわちマートゥーとしては、ここで幕府に咎められて工事がストップするのを何よりも恐れ、少なくとも春先までは厳重に秘匿する必要があった。なにせ、ショートカットの裏街道が完成した暁には、関所の奉行をマーガルの手の者が務め、そこから上がる莫大かつ安定的な通行料の一部をマートゥーが持続的に手にする手はずなのだ。
とうぜん、イェブ=クィープとしては重大な背信行為となる。
だが、そのことはホーランコルらは知る由もないことだ。
「思っていたより、大きい秘密案件らしいな」
ホーランコルが云い、キレットとネルベェーンがうなずいた。
「早く出発しよう。アルーバヴェーレシュ、歩けるか」
「もちろんだ」
とはいえ、今すぐに山下嵐に乗るのは無理だろう。
とりあえず雪濠天幕まで戻ると、タケマ=トラルがもう報告書を書き上げ、タケマ氏に伝わる秘術で伝書鳩(のような生き物。実は竜の一種)を呼んで、足に結びつけられたの円環にその密書を折りたたんで入れていた。
4人が戻るのを確認して、タケマ=トラル、鳩竜を宙に放った。
「報告が終わったのか?」
ホーランコルの問いにタケマ=トラル、ニヤッと笑って、
「おかげさまで」
「では、行こう。余計なものを見てしまったようだ」
「しかし、あのマーガルどもの見張りを考えると、どちらにせよ近くを通っただけでも襲撃は受けたでしょうな」
「かもな」
ホーランコルが荷物をまとめる。
他の者らもめいめい荷物をまとめ、アルーバヴェーレシュの魔法の背嚢に詰めこむと、歩き始めた。
なお、タケマ=トラルの報告が幕府の上層部に上がったのはこの14日後で、事態を重く見た幕府はすぐにナガキノ家に大目付を入れた。無謀な真冬の突貫工事が幕府の知るところとなり、新街道整備事業は中断。奴隷のように働かされていた領民たちは俄かに喜んだが、新しい街道の開通は大きく遅れることとなった。
とうぜん、マートゥー侯は苦虫をかみつぶしてはばからなかった。
ナガキノ家は普段から幕府上層部に袖の下を贈り続けていたことが幸いし、改易は免れ当主の隠居謹慎の処分で済んだ。
それからは特に問題もなく進み、山下嵐に乗るのも慣れてきたころ、一行はショートカットの山越えを終え、街道に戻った。魔獣を山に帰した5人が雪をかき分けてそれとなく尾根から平野に入り、かんじきのまま新雪を踏みしめて雪原となった田畑を抜けて、やがて集落が見えたのでそこへ向かった。イアナバの2つ前の宿場町カランドだ。




