第17章「かげ」 3-11 追手
タケマ=トラルは何も答えず、しばし雪の中を進んだ。
「あの木の隙間から見てみよう。かなり近づいたはずだ」
やおらタケマ=トラルがそう云い、立木に近づいた。慎重に木の影より顔を出すと、果たして、工事現場の真上に近い崖の上だった。
俄かに、雪が降ってきた。
矢立の筆と帳面で簡単に絵図を書こうと思っていたタケマ=トラルがそれを諦め、図形を頭に叩きいれる。
雪が降っても、工事は止まらなかった。畚と鶴嘴と木の円匙で、人夫らがひたすら山あいを掘り削って道を作り、削った後を整地している。人夫らも大変だが、監督や見張りの武士も震えながら指揮していた。
「これは気の毒だ。それこそ、領主が悪い。ナガキノといったか? どういうやつだ?」
ホーランコルが、目を細めてそう云った。
「表立っては、特に悪評という悪評は御座らぬよ。裏でも、マートゥーと密かにつながっているらしいというだけで……。しかし、マートゥーとこの街道工事に何の関係があるのかは、想像もつきませんな」
とはいえ、タケマ=トラルは、ナガキノ家の家老筋にタケマ家の者がいたのを思い出した。
もっともタケマの氏族と云っても家が200以上もあり、みなが熱心に宗家のために動いているわけではない。下手に接触して藪蛇の場合もある。
「やはりここは深く詮索せずに、報告にとどめますよ」
「分かった」
ホーランコルがそう答えた時、
「見張りだ。我々の足跡を追ってきているぞ」
ネルベェーンが低く鋭い声を発し、ホーランコルとタケマ=トラルが振り返った。
「こんなところも見張っているのか……?」
タケマ=トラルが目を細めた。
「もういいだろう、引き返そう」
「ですな」
3人が急いで引き返した。が、
「すごい勢いで近づいて来るぞ!」
ネルベェーンが声をあげた。
「まさか、またあの工作員どもじゃないのか!?」
ホーランコルは、隠し里を襲ったマーガル一族を思い出した。
「そうかもしれませんな!」
タケマ=トラル、息せき切って走りながら後ろを振りかえった。木々の合間より、獣のように近づいてくる複数の人が見える。
「魔蟲に倒させるか?」
ネルベェーンが云い、
「できれば、偶然を装ってもらいたい! あからさまに倒さないで……」
「難しいな」
いつも寡黙で無表情のネルベェーンが、思わず苦笑した。
その3人と追手の合間に、やおら、1頭の山下嵐が割って入り、追手たちに立ち向かった。
「うおおお!」
さしもの追手どもも、悲鳴をあげた。
魔術的に調教しているものですら、扱いには細心の注意を要する。
野生を相手にするのは、特殊装備が必要だ。
それが、敵に操られているとなれば、我々の概念で云うと、歩兵同士の戦いにいきなり装甲車が出てきたに等しい。
「引……」
云いかけた1人に、山下嵐の4本腕の右側2本が横薙ぎに炸裂! 追手は首がぶっ飛び、胴が引き裂かれて雪に埋まった。
追手は4人だったが、すかさず3人が煙幕を炸裂させ、周囲の立ち木に飛び移るや木から木に獣がごとくジャンプしてその場を去った。
山下嵐が大熊のような3つ首を咆哮させてそれを追おうとしたが、ネルベェーンが止めた。
一息つきながらタケマ=トラルが、
「あれは、まぎれもなくマーガル一族。マートゥーの手の者です。あの工事現場を、あのような者らが見張っているとは……」
「どういうことなんだ?」
「公儀に知られたら、相当にまずいのでしょうなあ」
「よし、いったん戻ろう。タケマ=トラルよ、報告は手短にな。すぐ出発しよう」
「承った」
だが、ネルベェーンの魔蟲の案内で3人が急ぎ雪濠まで戻ると、なんとキレットとアルーバヴェーレシュがいなかった。




