第17章「かげ」 3-10 そういうの
「じゃあ、あれは……?」
「ナガキノ家が幕府に隠れて、何かやっているということでしょうな。問題は、何をやっているのか見当もつかないことですが……。つまり、こんなところに隠し街道を作って、何をしようとしているのか皆目わからないという意味ですが」
そこでホーランコルが神妙にタケマ=トラルを見やり、
「どうする?」
「どうするって……」
タケマ=トラルが渋い表情となる。
タケマ宗家の命令を優先するのなら、ここはスルーだ。が、公儀隠密としては、とうていスルーはできない。最低限、現状を報告するだけでもやる必要がある。
結論から云うと、タケマ=トラルが知らないだけで、この工事は幕府の許可を得て行っている。表街道がイアナバへの巡礼旅と農作物の移送でいつも混んでおり、奉行所で長時間待つのが問題になっているため、山の中に新たに宿場と街道を作り、巡礼の旅人をそちらに流そうという壮大な計画だ。
問題は、この真冬の突貫工事で徴集した人夫を罪人のように扱い、酷使していることである。
なんのことはない、一刻も早く完成させて幕府に良い顔をするためと、来春からさっそく関所で通行税を取りたいからに他ならない。
さらに云えば、既にナガキノ家にはマーガル一族すなわちマートゥー侯家が深くかかわっており、奉行をマーガル一族の手の者が務めて、集めた通行税の一部をマートゥーに送る手はずになっている。当然、幕府には内密に。さらにナガキノ家はその一部をキックバックで受け取るわけだ。
「見ろ」
ネルベェーンがそう云い、顎で示した先には、寒さと飢えと重労働で倒れた農民とおぼしき人夫を棒で打ち据える役人の姿があった。
「無視はできんな」
ホーランコルが決断。
それを少し揶揄するように、タケマ=トラル、
「正義感かね」
「そんなもんじゃなよ。ただ、見ていて不愉快なだけだ」
「それを、正義感というんだよ。とはいえ……我らにできることは少ない。あそこを襲撃し、人夫を解放したところで、何の解決にもならない。それは、無責任な行動だよ」
「そうだろうな。しかし、お前さんの仕事はどうなる? 隠密は、こういう時に何をするんだ?」
「そりゃ、報告するさ」
タケマ=トラルが云いつつ、
「もそっと、見晴らしの良いところに移動しよう。見つかるなよ。ネルベェーン殿、周囲の警戒を怠りなく願いたい」
「了解だ」
大きな両目をギョロリと動かし、無表情のぶっきらぼうにネルベェーンが答えた。
タケマ=トラルを先頭にいったんそこより離れ、雪をかき分けて移動を開始する。
ナガキノ家としては、幕府の許可を得ての街道工事なのだから、報告されようが痛いところはない。それを、領民を酷使して真冬に工事を進めているのは領内の問題だ。
もっとも、一般常識に照らし合わせて、非常識なのは誰の眼にも明白だった。そこを、幕府がどう判断するかは分からない。ナガキノ家から多額の金でも公儀上役に流れようなら、もみ消されてもおかしくない。
だがタケマ=トラルとしては、報告するのが仕事で、そこまで関与するのは仕事ではない。ナガキノの領民がどうなろうと、知ったことではなかった。
「そもそも、ここに道を作って何をしようとしているんだ?」
ホーランコルの疑問に、タケマ=トラル、
「さっぱり分かりませんな」
「動員しているのは農民だとして……農閑期に報酬を与えて仕事をやるのは理解できる。が、この雪深い時期にやるのがな……」
「だから、分かりませんて」
苦笑してタケマ=トラルが答えた。
「左様なところが気になるので?」
逆に質問され、ホーランコルも云われてみれば不思議だった。
「なんでだろうな」
タケマ=トラルはしかし、ホーランコルの本質を見抜いた。
「ホーランコル殿は、良い領主になりましょうな」
「俺が!? 領主!?」
「そのために、魔王の配下になったのでは?」
「いや……」
ホーランコルは、言葉に詰まってしまった。
「イジゲン魔王様は……そういうのではない。だから何かと云われると、うまく云えないが……そういうのではないんだ。……なあ、ネルベェーン」
「ああ」
これもぶっきらぼうにネルベェーンが答えた。




