第17章「かげ」 3-9 山の中の声
「いやあ……ちょっと、これは想定外にて」
青い顔と荒い息で、タケマ=トラルはそのままそこいらの木にもたれかかった。
ウルゲリアでどんなに揺れる船でも酔わなかったホーランコルも、乗り物が違うと勝手が違うものか、フラフラしている。
アルーバヴェーレシュを抱きかかえて山下嵐から下ろしたキレット、
「ここがどの辺りなのか分かりませんが、もう雪濠を作って休みましょう」
まだ明るかったが、ホーランコルも同意した。
いったん魔獣どもを周囲に放ち、一行はキレットとネルベェーン、ホーランコルで5人分の雪濠を作り、簡易天幕をその濠の中に張った。簡易焜炉へ火を入れ、暖まりながら雪を溶かして湯を作った。食欲もなかったが、その湯で焼き締めた堅パンを溶かし茹でてパン粥のようなものを作った。
それを少しずつ口にしながら、ゆっくりと日の暮れるのを待った。
時刻的には、我々の午後3時過ぎころだった。
「…………」
それまでぐったりと横になっていたアルーバヴェーレシュが、やおら起き上がって、
「おい、人の声がするぞ!」
「なんですって?」
一緒にいたキレットも驚いた。流石エルフの耳だ。
「おえっ……」
起き上がったアルーバヴェーレシュがまた倒れこんだので、キレット、
「アルーバヴェーレシュさんはそのまま」
雪濠から出て、耳を澄ませた。
それを天幕から見やったネルベェーンも、外に出る。
「どうした?」
「アルーバヴェーレシュさんが、人の声がすると……」
「人の声?」
ネルベェーンも耳をすませたが、優れた狩猟民族である南部大陸人の耳をもってしても、音が雪に吸収され、何も聞こえなかった。
そこで、ネルベェーンがホーランコルとタケマ=トラルを呼び、2人も天幕から出てくる。事情を説明し、
「そもそも、おれたちのほかにこの山奥に誰かいると仮定して、誰だ? 猟師か?」
ホーランコルがタケマ=トラルにそう云った。
「猟師にしたって、ふつうは黙って猟をするでしょうよ。ベラベラしゃべっていたら、獲物が逃げてしまう」
タケマ=トラルがそう答え、ホーランコルもうなずいた。
「ちょっと、探ってくれないか」
ホーランコルがキレットとネルベェーンにそう云い、2人が得意の探索の魔蟲を何匹か放った。
それからめいめい雪濠天幕で小1時間も休んでいると、ネルベェーンが、
「おい、分かったぞ。この真冬に、山中で土木工事をしている。けっこうな人数だ」
「なんだって?」
ホーランコルが素っ頓狂な声をあげ、起き上がったタケマ=トラルを見た。
「冗談だろう、こんな山奥で、こんな時期に?」
タケマ=トラルが、大あくびでそう答える。無理もないが、とうてい信じられないといったふうだった。
「まだ明るい。偵察に行こう」
ホーランコルがそう云うので、タケマ=トラルも渋々用意をする。例のかんじきを足につけ、
「ちょっと見てくる。キレット、アルーバヴェーレシュを頼んだぞ」
男衆3人で偵察に出た。
そこから小1時間ほど歩き、沢を超えて高台から谷間を見下ろすと……。
「……本当だ、こんなところに、あれほどの人夫が……!」
タケマ=トラルが目を丸くする。
「しかも、見張りが多い……何をやっているんだ?」
タケマ=トラルの表情が、公儀隠密のそれとなった。見張りの多さや、この時期の無謀な工事という事実で、幕府に内密で行われているのは、明白だったからだ。
「……もしかして、街道を作っているんじゃないか?」
ホーランコルがそう看破する。除雪した谷間を拡張し、整地し、石を敷き詰めていた。人夫数は50人ほどか。見張りが、20はいる。みな槍を持ち、帯刀していた。武士階級だ。ナガキノ兵に違いない。
「いくら農閑期だからって? イェブ=クィープではよくあるのか?」
「ありませんよ」
タケマ=トラルが苦笑。




