第17章「かげ」 3-6 敵の内にも入らない
「す、すごい!!」
里の忍者たちも眼を見張った。
「ヌァア!!」
銀眼を魔力に光らせたアルーバヴェーレシュが、ルートヴァン直伝の飛翔魔法で低空をツバメのように飛び、ゲーデルエルフ特製のグレーン鋼による小剣を逆手に持って振りかざした。
魔力を吸収して攻撃力が数十倍にもなるグレーン鋼製の魔法剣にかかっては、こんな魔獣は魔獣の内にも入らない。瞬く間に2体も胴切りとなって転がった。
大熊ですらそうなのだから、刺客どもは藁人形のように真っ二つとなった。
「……こりゃ、出番はありませんな」
ホーランコルがさらに苦笑し、タケマ=トラルも、
「そのようで……」
と、苦笑ながらに答えた。
キレットとネルベェーンが魔獣を操る必要も無く、瞬く間に全滅だった。
「ひ、引けッ!!」
猟師のかっこうに覆面姿の刺客ども10人のうち、3人がバラバラに遁走したが、そのうちの2人が里の者に討ち取られた。
残った1人がなんとか里から脱出し、雪深い森に逃げこんだが……キレットの召喚していた、イェブ=クィープに棲息しているムササビめいた被膜を有した特特の姿をした竜に襲われた。
「……!!」
2メートルほどの肉食ムササビが木の上から音もなく飛来して刺客を襲い、被膜で覆いながら首筋に牙を突き立て、動かなくなったと思ったらすごい力と速度で木の上にさらった。
その様子を確認し、後を追ってきた里の者が震えあがった。
「一度ならず、二度までも御助けを……御礼の言葉も御座りませぬ!!」
村長を筆頭に女子供までうち並び、ホーランコル達に深々と礼をしたので、一行も面映ゆくなった。
「大したことはしていない。我らイジゲン魔王様の配下にとって……あのていどは、敵の内にも入らないのだ」
アルーバヴェーレシュがそう云い、村の一同が感嘆の響動めきを発した。
「とはいえ、里を変える必要があるだろうな」
タケマ=トラルの言葉に、村長もうなずく。
「ですがそれは、我らの落ち度にて……御宗家と詳細を詰めることとなりましょう。皆様方のせいでは御座りませぬ。まずは、今夜は我らの威信にかけても、侵入者を許しませぬ。皆様方は御安心を」
そう云われても……と、いうところだが、ホーランコルがキレットらに目配せし、
「では、御言葉に甘えさせていただく」
そう、村の者たちを立てた。
さすがにその夜の襲撃は無く、温泉と、野生の野毛豚(イノシシに近い生き物)肉や干しキノコや山芋のようなささやかな山の幸の鍋料理で精をつけた一行は、翌日の早朝、聖地イアナバに向けて出発した。
なお、これからこの隠し里は大急ぎで移設の準備に入る。襲撃部隊を全滅させたとはいえ、位置が割れている里はもう隠す意味がない。
また、いくらタケマ氏族の食客扱いとはいえ、一般人にはあまり関係のないことであり、アルーバヴェーレシュは目立つためにフードをかぶって過ごすこととなった。逆に、ホーランコルやキレットらが目立つことでアルーバヴェーレシュを隠す。
「イアナバまで、この山を抜けて街道に入ってから40から50日ほどにて」
雪山を歩きながらタケマ=トラルがそう云い、一行が驚いた。意外に遠い。
「イェブ=クィープとは、そんなに広いのか」
「違うんですよ、この国はとにかく山坂が多くて……道も、遠回りにクネクネクネクネ折れ曲がっていてね。まっすぐ行けたら、半分以下の日数で行けますよ」
「へえ……」
云われてみれば、見渡す限り山の景色だ。360度の景色が山の端の凸凹で切り取られている。平野という平野がない。
「ちなみに、イアナバは海に面してますよ。海を御存じですか?」
「もちろん、俺はウルゲリア西部の出身で、長く港町で冒険者をしていたからな」
「ほう! ウルゲリアの……」
タケマ=トラルはそこで、
(原因不明の天災で滅亡したという)
と、思ったが黙っていた。
「そうだ。魔王様や、キレットとネルベェーンらと知り合ったのもそこだ」
「では、御三方は帝国の東西の端を観ることになりましょう」
「帝国の東西の端だって……!?」




