第17章「かげ」 3-4 達観しきったような死生観
「トラル殿が、帝都の方々を連れて参りましたぞ」
村人がそう云い、一同は広間のようなところに案内された。木板の床の中央を四角く切って大きな囲炉裏を作っており、ホーランコルとアルーバヴェーレシュは「むき出しの平面暖炉」にびっくりしたが、キレットとネルベェーンははるか南方大陸ガナン地方の竪穴式住居の土間と直火の囲炉裏を思いだした。
履き物を脱いだ一行が用意された湯で足を洗い、板の間に上がった。
「御座り成され」
見た目はすっかり75以上の老人だが、62歳の村長が一行を囲炉裏の前に敷物に座らせた。
「トラル殿、イアナバより通知が」
「左様で」
トラルが折りたたまれた書面を受け取り、開いてザッと呼んだが、目を丸くしてホーランコルを見やったので、
「な、なにかね」
むしろホーランコルが驚いた。
「いや……御宗家では、皆様方がイェブ=クィープを訪れることを既に御存じだ。拙者に、イアナバまで連れてくるように……とある」
「なんと……!!」
ホーランコルも、アルーバヴェーレシュやキレットらと見合った。
「その御宗家とやらは、予言者か何かですか」
「ううむ……まあ、そのようなものにて。我らには、わかりません」
タケマ=トラルの言葉に神妙な表情で村長や他の村人もうなずくのみで、それについては何も云わなかった。
「御宗家がそう仰るのであれば、我らはそれに従うだけ……皆様方がどこの何方様であろうとも、御宗家の御客人で御座りまする」
村長がそう云ったが、ホーランコルが、
「そうは申されましても、我らも、魔王様の先遣隊として、皆様方には立場を知ってもらわなくてはなりません。こちらのタケマ=トラル殿にも申しましたが、我らはヴィヒヴァルンが奉じたてまつるイジゲン魔王様の配下です。イジゲン魔王様は、タケマ=ミヅカ様より後継に指名され……各地の魔王を倒す旅を。いま、バーレにおりまする。この地に魔王がいるかどうかは分かりませんが……タケマ=ミヅカ様の御生誕地で、他の魔王の情報が何かないか、調査することとしております。その先遣隊です」
「魔王様と魔王様の御戦いのことなど、我らにはどうしようもないことにて。雲の上の神々の戦いにも等しく、天の怒りにも匹敵しましょう。その戦いの足下で、運良く生き残ることができれば、そのときはまた新たな使命が生まれましょう」
村長が顔色一つ変えずに淡々とそう云い、その達観しきったような死生観に、ホーランコルは少なからず驚いた。魔王の配下ならまだしも、このような隠れ里の住民がそこまでの死生観や使命感を持っているものなのだろうか?
(……いや、それこそが、タケマ=ミヅカ様と同じくタケマの名を受け継ぐ者の使命感か……)
ホーランコルはそう納得し、
「では、タケマ=トラル殿、そのイアナバとやらまで、よろしく案内を頼みます」
「承った」
タケマ=トラルも、しっかりとうなずいた。
「追加料金は、いりません。宗家から、経費がおりますんで」
そう云って、タケマ=トラルが朗らかに笑った。
それから、2泊、休むことになり、出発は明後日と決まった。
ホーランコルとネルベェーン、アルーバヴェーレシュとキレットで、それぞれ1軒ずつ少し離れたところに庵を用意され、両方とも温泉の露天風呂まで付いていた。
まるで天然プールのようなでかい風呂に最初は戸惑ったが、そもそも川や泉で水浴びをしていたアルーバヴェーレシュやキレット、ネルベェーンのほうがむしろ抵抗が無く、ホーランコルはなかなか野外で裸になるのに慣れなかった。
だがゆっくりと旅の垢と汚れを落とし、温泉に浸かっていると身も心も癒され、疲れが取れるのが分かった。
「これはいいな」
用意された質素な食事ののち、ホーランコルが深夜の湯に浸かって、凍てついた冬の満点の星空をあおぎながらそうつぶやいた。
が、緊張感は抜けきっていない。アルーバヴェーレシュやキレット、ネルベェーンらが警戒魔法を常時使っているのも知っている。それでなくとも、この里は里の者が周囲を厳重に警戒して見回っている。
湯上りのアルーバヴェーレシュも、ひとつ気になっていることをキレットに相談していた。
「あのタケマ=トラルを追っていた、マートゥーの特殊部隊を覚えているか」
「はい」




