第17章「かげ」 3-3 隠し里
「宙を舞う魔法を使える者は、どうぞ。ホーランコル、この縄を使って、沢の向こうの、あの大きな岩まで飛ぶんだ。できるかね?」
「なんだって?」
ホーランコルが観ると、確かにむき出しの大岩がちょっとした窪地の向こうにあった。
「やってみせよう」
タケマ=トラルが縄を両手でつかみ、軽くジャンプすると、枝がしなってアスレチックのように窪地を超えた。
「こうやるんだ!」
岩の上からタケマ=トラルがそう云い、縄を離した。
「難しそうだな!」
ホーランコルがそう返したときには、アルーバヴェーレシュは飛翔魔法で難なく窪地を飛び越え、キレットとネルベェーンはいつの間にやら巨大なカニとクモとイヌ系の何かの動物を合わせたような名状しがたい漆黒の魔獣を召喚していた。その魔獣が窪地を一跨ぎにしており、その触腕をもって余裕で2人を運んだ。
木の上の里の者が、逆に魂消てその魔獣を凝視した。
「おい、オレも頼むよ!」
ホーランコルが云って、魔獣がホーランコルも大岩に運んだ。
とたん、魔獣は5メートルはあろう身体を音も無く動かして、アッという間に夜の暗がりに溶け消えた。
「やれやれ、皆さんにはかないませんな」
タケマ=トラルが苦笑。
「さすが、魔王の配下だ」
「魔王だと!?」
気がつけば、縄をまとめた小柄な人物が対岸の木の上から大岩の上にいた。
「そのようだ」
「トラル、すごい客人を連れてきたもんだな」
雪に灼けた人物が、その細い黒々とした眼で4人をしげしげをと見つめた。東方ウルゲリア人、南部系帝都人、それに、見たこともない精霊気だ。帝都近辺では別に珍しくもないパーティーだが、この西方の奥地ではまるで御伽噺の住人だった。
「下手に手を出すと、魔王を敵に回すぞ」
トラルがそう云ったが、
「タケマの客人に手を出す者は、タケマの氏族にはいないよ」
小柄な人物がそう云って少し微笑み、
「こっちだ」
大岩を下りた。
対岸からは完全に死角になっており、一行が歩く先は足跡を追ってきた相手からは見えない仕掛けだ。
(そういうことか……本当に凄いな)
アルーバヴェーレシュが、暗がりでも見えるエルフの眼で周囲を観察しながら、感心しきりだった。
そこからさらに2時間ほども歩き、完全に真っ暗になったころ、突如として森が開け、集落が現れた。ザッと観た限り20戸ほどの小集落だった。
イェブ=クィープ内に20か所ほどある、タケマ氏族の隠し里の1つだ。名前は無い。符号や番号すらついていない。完全に、隠されている。タケマ氏族で、宗家に登録されている者たちは、そのすべてを場所で暗記している。
なお「月に憑かれた道化」は、隠し里に入るためのタケマ=トラルの家に伝わる合言葉で、家ごとに200ほどもあるという。
「トラル殿だ!」
「4年ぶり3回目か」
そんな声で、似たような顔や姿の人びとがタケマ=トラルを出迎えた。みな、タケマの氏族だ。(なお、必ずしも一族ではない。)
「宗家に伝達がある。こちらの方々は、ヴィヒヴァルンの魔王の使者だ」
「ま……魔王!?」
さすがのタケマの人びとも、そのパワーワードに仰天した。
「場合によっては、公儀には内密になる」
タケマ=トラルの言葉に、皆うなずいた。公儀隠密のはずのトラルがそう云うのだから、ことは最重要だ。
「まずは、村長に。客人はその後、ゆるりと御休みを。温泉もありますよ」
里の者がそう云って、一行を里の奥の盛り土と空堀に囲まれた、ひと回り大きな屋敷へ案内した。
村長と云っても、この小規模集落だ。それほど厳格な有力者というほどでもなく、等しくタケマ氏族の中で、宗家より村長を仰せつかっているまとめ役というような立場だった。




