第17章「かげ」 3-1 互いの立場
そんなタケマ家とハサヤ将軍家は150年間かなり良好な関係を築いており、ユアサン=ジョウことタケマ=トラルも公儀の信頼は厚い。マートゥーやクァラ地方、時にはバーレや帝都まで出向き、用心棒をしながら諜報活動に勤しんでいる。
そのユアサン=ジョウ、イェブ=クィープに入ってから、とある場所に向かっていた。その場所は、街道を外れて荒野より密入国をした場所からほど近い。
イェブ=クィープじゅうに点在する、タケマの隠し里のひとつである。
ここで、暗躍するタケマ家の者同士が情報を交換し、イアナバの総本家からの司令を受け取り、休息し、また出発するのだ。
まだ正体をホーランコルたちに知らせていなかったユアサン=ジョウことタケマ=トラルだったが、
「ここから山に入ります」
雪原から腰まで埋まるような雪深い山岳地帯に入ることになって、なにやらそこらの雪を掘り始めると筵に包まれたかんじきを人数分とりだし、
「これを足につけて。埋まりませんから」
などと云ったときに、さすがにホーランコルたちが眉をひそめた。
かんじき自体は、ゲーデル山岳エルフも似たようなスノーシューをゲーデル山の奥深くで使っていたので違和感はない。違和感があるのは、何もないような雪原からいきなりそれを取り出した、ユアサン=ジョウなのは明白だ。
一行が身構え、ホーランコルはいつでも剣を抜ける体制になり、
「道案内の代金だけで、そこまでする用心棒さんの目的を、そろそろ教えてもらおうか。我々をどこへ連れてゆこうとしている?」
ユアサン=ジョウ、無精ひげに不敵な微笑を浮かべ、
「まあまあ。もう少し行ったら話しますよ。皆さんだって、イェブ=クィープに何をしに来たのか聞いてません」
「いま、云えないのか」
アルーバヴェーレシュの銀眼が魔力で不気味に光り、ユアサン=ジョウを見据えた。
「ここでは、ね……マーガル一族は、イェブ=クィープにも多数入ってますし。安全な所へ行きましょう」
「安全なところ? 本当に安全なのか?」
「安全ですとも。おっと……いま、拙者を殺すのは御勧めしません。皆さんのこの国での活動は、今後不可能になりましょうな」
「どうする、ホーランコル」
アルーバヴェーレシュに云われ、ホーランコル、
「分かった。詳しい話は、その『安全なところ』とやらでしよう。だが、いま互いに立場だけ名乗っておきたい」
ユアサン=ジョウが、今まで見たこともないような殺気を孕んだ目でホーランコルを見やった。
「……どうぞ。いいでしょう」
ホーランコルも、そんなユアサン=ジョウの眼を断固たる意志と誇りで見返し、
「我らは、大魔神メシャルナー様たるタケマ=ミヅカ様より後継に指名されし、偉大なるイジゲン魔王ストラ様の配下だ。イジゲン魔王様はいまバーレに潜んでいるという謎の魔王を探索中で、バーレにおられる。その後、タケマ=ミヅカ様が冒険者になられた経緯等を知るため、イェブ=クィープに入る御予定だ。我らは、その下調べだよ」
「げぁ、ぐっ……!!」
さすがのユアサン=ジョウも喉から変な声を出したまま、眼を見開いて固まってしまった。
「ま、魔王……! それに、いま、バーレにいると!?」
「おまえさんの立場を先に話しなよ」
「おっと……」
ユアサン=ジョウが口元を押さえ、息を整えた。周囲に充分に気を配り、
「拙者は、公儀隠密のタケマ=トラル。ユアサン=ジョウは偽名にて」
「フフ……そんなところだと思ったよ」
「間者だと御見抜きで?」
「あくまで、そんなところ……という程度だが。それより、タケマ=トラルだって?」
「いかにも」
「タケマ=ミヅカ様と関係が?」
「関係などというのも烏滸がましいほどの最末裔だが……いちおう、氏族の一員にて。この国では、タケマの氏族がことさら重要でね……御公儀も無視はできません。これから向かうのも、タケマの隠し里のひとつにて……」
「……なるほど……」
ホーランコルらが納得し、
「いいだろう。で、あれば相談がいろいろある。その里に連れて行ってもらいたい」
「了承した。さ、これをつけなされ」
一行が、タケマ=トラルが差し出したかんじきを足に結びつけた。
「それから、アルーバヴェーレシュ殿や魔術師の方々に頼みが」
「なんですか」




