第17章「かげ」 2-14 知るに遅いということは無い
宇宙巡洋艦数隻分の主砲一斉射撃に匹敵する猛攻に、山脈一帯が真っ赤になった。
山体が崩れ、岩盤までむき出しになり、さらにその岩盤すら砕け、融解した。
雲霧エルフたちが数万年も暮らしてきた場所が、瞬く間に消失した。
(おかしい……前例だと、とっくに活動限界を迎えている頃なのに……)
ストラが、目元をゆがめた。自分は良いが、オネランノタル達がもたない。
いや、オネランノタル達だけならどうとでもなるが、50人以上の雲霧エルフらを護りきれない。このままでは、見捨てるほかはない。
だが、少しでも攻撃の手を緩めると、玄冬がエルフを奪おうとする。オネランノタルの魔力バリアを攻撃し、それをストラがまた攻撃するので、ダブルで衝撃がバリアを揺るがす。
長年生きている雲霧エルフ達も、こんな天変地異は生まれて初めてで、恐慌を通り越してバタバタと気絶していた。
気絶ならまだしも、ショック死してもおかしくない状況だ。
気を抜くと玄冬がエルフを襲うため、ストラも離れるわけ行かず、正直、打つ手がない。
(どうする……!?)
そこに……。
玄冬が、動きを止めた。ストラも攻撃を止める。
オネランノタル達は急に静まり返ったので何事かと思ったが、
「さらに強大な空間震を観測! 正体不明……来ます!」
過去の観測では、ウルゲリアで聖魔王ゴルダーイとの戦闘後、次元壁に穴が空き、超絶高濃度魔力があふれ出た現象に近かった。だが、今回は攻撃数こそ遥かに超えているが、それほどの大規模出力ではない。
空間が破けるのではなく、きれいに切り取られ、両開きのドアのように開いた。
(異次元ドア……何者!?)
ストラが次元光を見あげた。
気がつけば、玄冬が1体のみになっており、その玄冬も光を凝視している。
光から飛び出てきたのは、先端がねじ曲がって瘤になった、いかにも仙人が持っている木の根の杖を持った古い道服姿のマーラルだった。あの魔導都市マーラルにいた、分身体と同じ姿の。
「……!?」
魔力バリアの内側よりその光景を見やったオネランノタルも、仰天する。
亜空間を放浪する魔導都市ごと、魔王マーラルの分身体は自爆したはずではなかったのか!?
(い、いや……こっちはホンモノか……! 代王が、オッサンとか呼んでいたヤツのほうだな……!)
オネランノタル達の前で、マーラルがストラと玄冬のあいだに降り立ち、乱れた道服の裾や袖をはためかせて直した。
マーラルがチラリとストラを流し目で見やって、ニヤッと笑った。ストラが、半眼無表情で見返した。
「ゲントー、久しぶりだな。私を覚えているかね」
玄冬へ向き直り、マーラルが涼しい顔でそう云った。
玄冬は無言だった。
無構えで立ちすくんだまま、その面頬とミイラめいた布巻き覆面の奥の真っ赤な両目だけが、爛々と輝いている。
爆発の余波の熱風が吹き荒れ、水蒸気や黒煙が風に流れた。
「忘れたのか? それとも、端から認識していなかったのかね? ゾールンのところで、隠れていた私を見つけたのはお前だったと思ったが」
マーラルが、一歩、玄冬に近づいた。
玄冬が、一歩下がった。
「私は、お前が最後の戦いで傷つき、この世界から姿を隠したとばかり思っていたが……まさか、タン=ファン=リィにとらえられ、このように1000年の後も人の術式として使われていたとは思いもよらなかったよ」
マーラルがさらに近づき、玄冬はさらに下がった。
その赤い眼が、まぶしそうに細くなった。
「ま……私ごときの浅知恵では、何ごとも限界があるということだ」
自嘲気味に笑い、マーラルはさらに近づいた。
「だが、知るに遅いということは無い。お前が健在だと知った以上、私にもできる仕事があるぞ、ゲントー」
マーラルがそう云うや、玄冬が消えた。
全身から白煙、気、瘴気、魔力、霊気、エクトプラズム……とにかく、それらの入り混じった得体のしれないものを噴き上げながら、顔の前に大きな霊符を下げたイエユエ=シャンが、膝立ちのまま両手で空を鷲掴みにするような姿勢で戦慄いていた。
その目が、充血を通り越し、血涙を出して見開かれている。
形相は、そのまま死んでもおかしくないほどに引きつっていた。
髪は髷が乱れ、ほぼザンバラに蠢いていた。
その美しい黒髪が、見る間に白髪と化した。
「へ……陛下!!!!」




