第3章「うらぎり」 4-7 悪魔と手を結んだ
「きっき、きき、貴様ら!! どういう了見だ!! このままですむと思うな、藩王陛下が黙っておらぬぞ!!」
事情を何も知らない壮年の近衛隊長が、前に出て叫ぶ。
「リダンガー殿、それは違う!」
「なにが違う!?」
「謀反を企んだ……いや、いま現在、謀反を行っているのは、カッセルデント将軍だ!」
「バカぬかせ!」
「本当だ! 敵であるフランベルツ守備軍司令官のピアーダと通じ……互いに示し合わせて戦を放棄し、陛下の命に反して秋にも勝手に撤退しようと目論んだのだ!!」
「ふざけるな! 何を証拠に……!」
「証拠を残すほど、カッセルデント将軍は愚かではない……! ですな? 閣下」
マンシューアルの視線が移り、リガンダー近衛隊長が振り返ると、爆発しそうな表情のカッセルデントがそこに、いた。
そのカッセルデントが、つかつかと前に出た。
「閣下! 危険です!」
カッセルデントは無視し、リガンダー近衛隊長を押しのけて、ラグンメータを指さした。
「無駄な戦が民を疲弊させると、なぜ分からぬ! 所詮、藩王の犬か!?」
ラグンメータは下馬せず、馬上からカッセルデントをにらみ返す。
「ならば何故、陛下に御諫言申し上げない!? 閣下には……カッセルデント家には、その権限と義務があるはず!」
「真正面から云って聞く藩王ではない! 貴様も知っているだろうが!」
「我々は、そのようなことを判断・発言できる立場ではありませんな」
「なにをぅお……!」
「貴公は、御自身の不満と不審と保身のために、民の保護を名目にして正当な権限と義務を行使・履行せず、愚かで自分勝手な策謀に走り、敵方と通じ、王命に叛いた。それだけが事実です。その事実をお認めなされよ!」
「認めたとてなんとする! この場で私を討つか!? どうなっても知らんぞ! カッセルデント家を敵に回して、藩王家が立ちゆくと思うな!!」
「それこそ、藩王家を侮る、傲慢にして不遜極まる御見識……!」
ラグンメータの顔がゆがむ。
「ひっとらえよ!」
たちまち、兵士達がカッセルデントを取り押さえた。
「閣下!!」
リガンダーが刀を抜いたが、幾重にも槍を突きつけられ、観念する。それを見やり、話を聞いていた近衛兵も、次々と投降した。
ラグンメータが司令官の館に入り、臨時司令官代理となった。身支度をして返り血を洗い流し、藩王へ緊急の報告文書を書くと同時に、魔術師へ命令して極秘緊急連絡魔法のカラスを飛ばす。
カッセルデント、リガンダー、ジュルジャーはラグンメータが使っていた屋敷(ただし広間は血溜まりのままである)に軟禁された。近衛兵とジュルジャーの兵士達も一か所に集められ、捕虜となった。近衛兵とジュルジャーの兵は、ほとんどがカッセルデント家の家人なのだ。
その数、合わせて約1,000に及ぶ。扱いに困るし、将軍の対処を誤ると反乱を起こす可能性もある。
「どうするんだ」
将軍の執務室で、サンタールがつぶやいた。ンスリーもいる。二人は、司令官代理の副官となった。
「なあに……かなり御興奮の様子だったし……持病が悪化して、不慮の死を遂げてもらう。早々にな。そうすれば、兵士達も戦意を失うだろう。そのうち、陛下から命が来る」
「……毒か?」
「いや、ストラの暗殺魔法だ」
「おいおい……」
そこでサンタールが顔を近づけ、
「いかに傭兵とは云え、あまり大事に用いるな。逃れられなくなるぞ」
ラグンメータが苦笑。
「もう逃れられんよ……」
「なんだと……」
「オレは、悪魔と手を結んだんだ。良くも、悪くもな」
「悪魔か……」
全身真っ赤に染まったラグンメータの姿を思い出し、それがストラが一人で(しかも瞬殺)撃退したグルペン兵のものだと聞かれ、サンタールも震え上がった。
その夜のうちに、カッセルデントが急死した。
同じ部屋に軟禁されていたジュルジャーやリガンダーが自ら毒味を行っており、毒殺ではない。




