第17章「かげ」 2-9 予感
(ああ、そうだ……ナントカっちゅうエルフの隠れ家だ……)
起き上がって、軽く嘆息。周囲を見やると、プランタンタンとペートリューはまだねむっていた。ストラもおそらく寝る前と同じ姿勢で、ずっと壁際に立ったままであった。
(顔や口ぐらい洗えるんだろうな……)
そんなことを思い、防寒着を着ずにそのまま外に出た。
相変わらず薄い蛍光白色に包まれた、春先めいた陽気の深い森の中は、幻想空間のようだった。バンガローの隣に清水が流れ落ちて水が溜まっている大木をくりぬいた舟があり、フューヴァは浴槽かとも思ったが、それは洗い場だった。なんだかよく分からずとも、戻って荷物からタオルと野毛豚の毛の歯ブラシを出したフューヴァが袖をまくり、顔を洗って歯も磨いた。
「おはようさんでやんす」
そうこうしているうちにプランタンタンも起き出して、同じことをした。
「ヒャーーッ、冷てえでやんす!」
「穏やかな場所だよなあ」
フューヴァが、改めて周囲を見やってつぶやいた。
「同じエルフの里でも、ゲーデルとは大違いで」
「そうなのか?」
もっとも、プランタンタンは奴隷だったので、暗いうちから暗くなるまで仕事が山のようだった。それと比べたら、たいていの場所は穏やかだろう。
「おはようございます」
聴いたこともないような声でペートリューまでも普通に起きだし、顔を洗って歯を磨きだしたので、2人がびっくりして目を合わせた。
「夢でも見てるのかよ?」
フューヴァが云ったそばから、プランタンタンがフューヴァの尻をつねったので、
「いってえな! なにしやがんだよ!」
「夢じゃねえでやんす」
「自分でやれよな!」
そこに、カーウュエ雲霧エルフが2人ほど現れ、
「御眼覚めですか、御食事です、どうぞこちらに」
「ありがとよ」
3人は少し離れた小屋に案内され、また霊雲芝を茹でたものと焼いたもの、それに少しの山菜の漬物のようなものを食べた。
そこでもペートリューが酒を飲まなかったので、
「ど……どうしたんだよ、おまえ!?」
フューヴァが目を丸くする。
ペートリューが小首をかしげて不思議そうに、
「うーん……なんだか、今は飲む気がしないというか……飲んでる場合じゃないような気がするんですよね……」
息を飲んで、プランタンタンとフューヴァが顔を見合わせた。そして、急いで霊雲芝を食べてしまうと、
「おい、おい!」
そこらのカーウュエ雲霧エルフに声をかけた。
「どうしました?」
「悪いことは云わねえ。みんな、今すぐ出発の準備をしろ!」
「え?」
「いつでもトンズラできるようにするでやんす! 持ってく御宝があれば、大至急でまとめるでやんす!」
「え……どうしてです? まだ、回廊の準備が……」
「だから、いつでもその抜け道に入れるようにしておけって云ってるんだ! 逃げ遅れが出たり、着の身着のまま逃げたりするよりいいだろ! さあ、早く! 村長にも行っておけ!」
「は、はい……!」
フューヴァがあまりに切羽詰まった様子だったので、あわててエルフが小屋を出た。
食べ終えた2人も、よく分かっていないペートリューを引っ張って泊まった小屋に戻り、
「ストラさん! ストラさん!」
だが、さっきまでつっ立っていた場所に、ストラはいなかった。
ほぼ同時に、3人の頭上に、いつもの銀円盤……テトラパウケナティス構造体分離方式による自律式のエネルギー体が出現した。
「ホラ来たでやんす!」
プランタンタンが、急いで外套を着こみ、荷物をまとめだした。
「え? え? なんです?」
眼を泳がせていたペートリューだったが、
「バカ! せっかく飲んでねえんだから、自分の勘を信じろや! いつでも逃げれるようにしておけ!」
フューヴァがそう怒鳴りつけ、ペートリューが細かく震えだしたが、飲む前に逃げる準備を始めた。




