第17章「かげ」 2-1 生き残り
「ストラ氏、あの影の魔王……我らの常識や思考を完全に超越している。どうやって倒すか、考え……いや、倒す法はあるのかい」
燃えさかるホアンロウ城を背後に、オネランノタルが率直に尋ねた。
リースヴィルやフローゼだけではなく、プランタンタン達も含めて全員がそんな2人を見やった。
「理論上はあります」
「どのような?」
「昨夜の戦闘で観測した結果、影の魔王は、同時に8人までしか当該次元に存在できないと推察します。8人同時に消滅させたら、現れなくなると思いましたが、それは違いました。次の予測では、当該次元に近接する7つの次元との接触を同時に断つことができれば……少なくとも他の7人は出現できなくなると思われます」
「それを、行えるのかい?」
「同時に、正確に影の魔王が随時選んだ7つの事象の地平線との境界を破壊しなくてはなりません。理論上は可能ですが……やってみないと分かりません」
それは、何回か記しているが、ストラの次元操作系の機能はあくまで補助であり、次元工作専用機ではないからである。あまり大規模かつ複雑な次元操作は、プログラム上不可能だ。
「また、当該次元にどのような影響があるのかも不明です」
「なるほどね……」
厳しい表情のオネランノタルが、そう云ったきり黙りこんでしまった。
州都が燃え落ちる間に、一行は先へ進んだ。
ここから王都フアンまで、10日とかからないだろう。
が、途中で軽い山脈と峠を越える。
山脈のかなり端のほうに街道が通っており、バーレの先人たちが苦労してこの峠を開発したのが分かる。
峠を超えれば、ツイヂー州を抜けて王家直轄地である王府内だ。
街道は無人の野を行くがごとくで、隊商すら無く、途中の村々も閑散として誰もいなかった。それどころか、峠の前の関所も無人だった。
魔像兵の機械的な足音だけが響き、20000の兵が二列をなして粛々と峠を上った。
その坂の途中で……。
「魔王様……畏れ入り奉ります」
一行が坂をゆるゆると歩いていると、リン=ドンがいきなりストラの横でそう云い、両袖を合わせた。
ストラが軽く右手をあげ、オネランノタルとフローゼが魔像兵を止めた。
「なに」
「いまさっき、私めに、伝達術の鵲が来ました」
「誰から?」
「それが……バーレに生き残る、数少ない精霊気と申しております」
「エルフだって?」
オネランノタルがそう云い、ストラがオネランノタルを横目で見てうなずいたので、そのままオネランノタルが前に出た。
「バーレのエルフは、滅んだという話だったけどね」
「それが、わずかに生き残っていたようです」
「へえ。どうして、リン=ドンへ知らせを?」
「さあ……魔王様の配下で私だけがバーレの妖怪なので、話をしやすいと思ったのではないでしょうか?」
「なるほどね。……で、何の用だって?」
「それが……是非にも、偉大なる魔王様の御力に御すがりし……我らを救って頂きたい……とのことですが……いかがいたしましょう」
「罠かな?」
オネランノタルがそう云って、リースヴィルやフローゼを見やった。
「ちょっと、私は事情がよく分かってないんだけど……確かに、この国ではエルフが希少で……私も見たことないし、話に聴いたこともない。本物なの?」
「それは、実際に接触してみないと分からないでしょう」
これはリースヴィルだ。
「どうする? ストラ氏」
いつもの腕組で、明後日の方角を向いていたストラ、
「この山脈の端に、高濃度かつ特殊な魔力子反応。高度に隠蔽された空間があるようです。おそらくそこが、エルフの隠れ里と推察します」
「なんだって……」
オネランノタルが四ツ目をむいた。
「これまでに見つからず、生き残っていたエルフがいたのか……」
「それが、魔王様に助けを求めてきたっていうのなら、無視はできないんじゃ?」
フローゼがそう云い、オネランノタルとリースヴィルもうなずいた。
「ストラ氏、寄り道をしたい」
「いいよ」




