第17章「かげ」 1-19 すべて本物
ストラが退却を判断したその時、8人の玄冬がいっせいにかき消えてしまった。
「……!?」
俄かに沈黙が訪れ、離れた場所で戦っている魔像兵と州軍の喧騒が聞こえた。
状況が理解できず、みな、固まったままだった。
「な……」
最初に口を開いたのは、オネランノタルだった。
「なんだったんだ……今のは……? ストラ氏……?」
「あれが多次元同時存在体です。しかも、その性能を最大限に発揮している……かなり特異な存在でしょう」
「分身ですか? それもと、魔力による分体なのでしょうか?」
これはリースヴィルだ。
「違います。全て実体かつ、本物です。全てが、本体の影の魔王です。量産しているということでもありません。あの全員が、それぞれの異なる次元の1体の影の魔王。それが、当該次元……この世界に、同時に存在している状態です」
「……!?!?」
この世界の住人で真に理解できる者は、いないだろう。ルートヴァンですら、認識はできても理解はできないと思われる。
「ただし……推測ですが……現状、活動限界があると考えられます」
「活動……限界……つ、つまり、戦う時間が限られている……と、いうことかい?」
オネランノタルの質問に、ストラ、
「その通りです。理由は不明です」
「なるほど……それでいっせいにかき消えたのか……?」
「しかも聖下、あの影の魔王を、バーレ王国が道具として使っている……ということでしょう? ど、どうやって……!?」
「分かりません」
半眼無表情でそう云うストラに、オネランノタル達3人も無言無表情になってしまった。これまでの魔王とは、ちょっと事情や状況が異なると思った。想像を絶する存在だ。
「とんでもないなあ……」
そう漏らしたフローゼの後ろから、フューヴァが、
「なんにしたって、進むしかねえんだろ? 王都によ。そもそもアイツをおびき出すための派手な作戦だ。目論み通りやって来てくれて、正解じゃねえか。しかも、ストラさんは除いて……誰も死なねえでよ、願ったりかなったりだろ。なにをそんなに、深刻になってんだよ!」
ルートヴァンがこの場にいれば、頼もし気に笑みを浮かべてうなずいていただろう。
3人が目を丸くしてフューヴァを見やり、
「キヒィーーーッヒヒヒヒ!! アヒャアヒヒヒヒッヒヒヒ!! 流石フューヴァだね! 何度も戦っているうちに、うまく倒す法も思いつくだろうさ! 我々は、涼しい顔で王都に進軍すればいい。嫌でもまた襲撃してくるだろう」
オネランノタルの言葉に、リースヴィルとフローゼもうなずいた。
「そう云えば、州軍は? 私も、魔像に任せて1人で来ちゃったけど……」
思い出したようにフローゼが云い、真っ暗の平原を見やった。
気がつけば、闇は静寂が支配していた。
州軍はひとり残らず、殺されていた。
2
夜討ちがあだとなった。
魔像兵に包囲されたツイヂー州軍は、当初の目論見である、痛打を与えてからの速やかな退却と籠城も早々に不可能となり、混乱を極めて、闇の中で逃げ惑いながらすり潰されるように数を減らした。
魔像兵は闇でも正確に敵を把握し、駆逐した。なんとか包囲を脱出できた兵もいたが、掃討に入った魔像兵が執拗に追跡し、確実に殺した。
太守マー=キン=ラーや招聘された各地の武将を含めて、12000の兵力は文字通り鏖となった。
プランタンタン達の休息のため朝まで待ち、死屍累々の平原を超えて、一行は州都ホアンロウに向かった。
「ここまでされて、見逃すわけにはゆかない」
オネランノタルが据わった声でそう云い、ほぼ兵力が皆無の城塞都市に容赦なく火球の絨毯爆撃を加え、魔像兵を突入させた。
1時間と経たずに、人口約40000のホアンロウは炎に包まれ、四方の門を封鎖した魔像兵により逃げ出す人々も全て殺された。
寒風の吹きすさぶ真冬の荒野に立ち上る大量の黒煙と真っ赤な火葬の炎を凝視して、プランタンタン達は無言だった。
少年姿のリン=ドンですら、魔王の力と、敵の魔王との戦闘に度肝を抜かれていた。500年以上を生き、そこそこの力を持つ怪異と自負してきたが、魔王やその側近と比べると、己などプランタンタン達と同レベルであると痛感した。




