第17章「かげ」 1-16 直接狙う
かなり後方で、ストラも腕組みで立ったまま、斜に構えて視線だけを王都の方角へ向けている。その隣に、リースヴィルが立っていた。
その20メートルほど後ろで、プランタンタン達とリン=ドンが焚火の周囲に座っていた。リン=ドンは、もしもの時のために3人の直掩である。もっともこの距離なら、リースヴィルやストラでも直接防御の範囲内だが。
その様子を州軍の斥候が確認し、平原の手前で休憩していた軍団と太守マー=キン=ラーに報告した。
「最初の報告より、兵数が少ないようですぞ!」
「さては、兵を分けたか? 浅はかな連中だ」
太守にして将軍のマー=キン=ラーが、黒いヒゲモジャを不敵に歪めてそう云った。
「常であれば、そのまま一気に敵の将を討ち取るところだが……相手は魔王。我らごときは、しょせん時間稼ぎよ……であれば、当初の想定通り、初手で打撃を与え、すぐさま退却し、連中を城まで引きずりこむ」
「伏兵が回りこんできませんか?」
「その時間を与えるな。今夜、夜襲を駆ける……!」
「夜討ちですか!」
配下の部隊長らが息を飲んだ。
「密かに準備をせい!」
「畏まりまして御座る!」
みな両手を合わせて礼をし、その日はそのまま休むと、夕刻近くに出発した。その速度で闇に紛れて街道を進み、暗くなってから平原に突入する。
その作戦も、ストラが三次元探査で全て把握していた。
平原は1キロ四方ほどだったので、1万同士が戦うにはやや狭い。
狭いがゆえ、闇に紛れ鋒矢の陣に近い突撃陣形で一気に正面に突っこんだ。
だが、オネランノタルや魔像兵に闇は通じない。
20列のまま、やや方形陣でまっすぐ突撃陣形に激突した。
あとはもう激しい白兵戦となったが、先般のラオイェン戦と同じだ。魔像兵らは、剣だろうが槍だろうが人の力では破壊は不可能だった。それこそ1体に何十人も屈強な兵が群がり、よってたかってボゴボゴにしてようやく動きを止めることができるレベルだ。
さらに、小山の上でこちらも闇を見通す機能でその模様を確認したフローゼが、山を下りて兵を動かした。退路を断つどころか、そのまま突撃陣の州軍を斜め後ろから襲う。
このままでは、朝を待つまでも無く、深夜半までに州軍の全滅は必須だった。
が……。
プランタンタン達は、戦闘の物音も気にせずに、いつもの野営の通りに天幕に厚い敷物を敷いて寝こけていた。
「警告! 異様な次元波を複数感知! 超近接!! リースヴィル、リン=ドンと一緒に離れ……」
甲高い警告音と共にそう叫んだストラが、何者かの攻撃を受けてぶっ飛ばされた。
「え……!?」
驚いたリースヴィルに、闇から刃が襲った。
ストラのプラズマ弾が、闇を襲って爆発した。
「逃げろ!!」
もう、フューヴァとプランタンタンが天幕から飛び出て闇に走っていた。
「ペートリューさんが!」
「そんな余裕ねえ!」
リン=ドンかリースヴィルに期待するしかない。
(まさか、ストラさんを直接狙って……!!)
そのフューヴァを、闇からにじみ出るようにして物体が追いつき、背中に刃が突き刺さった。
ストラのテトラパウケナティス構造体分離方式によるエネルギー円盤が次元バリアを形成し、その刃を防いだ。
だが、衝撃でフューヴァが跳ね飛ばされて冷たい地面に転がった。
「……!?」
わけが分からず、フューヴァが本能的に起き上がって逃げようとしたが、その先に大柄な人物が立っていることに気づいた。
(誰だ……!?)
見てすぐに分かった。人間ではない。真っ暗闇に、異様な気配だけが凝縮している。その相貌が、焼けたコークスのように闇に赤く光っていた。身の丈は2メートル近い。闇の中だったが、むしろ不気味なほどその姿が浮かんで見えた。全身をダークグレーと藍の布で巻いたような衣服を着ているが、その実は鎖帷子の上に忍び装束をまとい、マフラーのように首元に余った布が風に伸びている。顔も覆面と面頬と包帯めいてまかれた濃い藍の布で何も見えないが、その布の合間から真っ赤に焼けてこの冷気に陽炎を出す二つの眼だけが、異様に目立っていた。




