第17章「かげ」 1-12 魔像兵
「分かった、やってみる」
フローゼがそう云い、踵を返したが、リースヴィルがそれを止めた。
「フローゼさん、将が徒歩ではカッコがつきませんでしょう。これをどうぞ」
そう云って、魔法で立派な鞍付の地走竜を出した。ゲーデルエルフの竜騎兵達が乗っていた山走竜の一種で、二足歩行で平原を走る種だ。ダチョウ恐竜と呼ばれる種類に近い。山走竜よりひとまわり大きい。
乗馬も乗竜もできるフローゼ、脚を折って座った竜に颯爽とまたがるや、竜なので轡ではなく首輪からのびる手綱を取った。
「では、行ってまいります!」
ストラに向けて云うや、ストラが無言で軽く手をあげ、フローゼは竜を飛ばした。
既に魔像兵の後ろ半分の1万はフローゼの思考で自在に動くようになっており、そのうち200が全速力で竜に続いた。足首が急角度に折れて変形し、得意のホバー走行だ。
「将軍! 中隊ほどが出て参りましたぞ!」
支道と平野に展開するラオイェン軍、しかし、
「相手は人ではない! 寡兵と思って手を抜くな!!」
手を抜くなとは見当違いもはなはだしく、オネランノタルが聴いていたら大爆笑は必須であった。
「取り囲め!」
ラオイェン軍が見事な練度で鶴翼に広がり、フローゼの部隊を左右から挟み始める。
「フッ……」
フローゼがほくそ笑み、その様子を確認した。
「円陣を組め!」
いちいち口に出さなくても思考だけで魔像兵は動くのだが、そこは気分というか、自分の確認もあってフローゼはあえて声に出した。また思考だけに頼ると、少しでもパニックになれば思考が乱れ兵も混乱する。
竜を止めたフローゼを中心に、200の魔像兵が二重になって外側をむいて槍を構えた。東方であれば迫撃砲代わりの火球の魔法でも飛び交う場面だが、西方では城付きである官道士の霊符術だった。
ドローン兵器めいて、鳥の形をした紙の飛来物がフローゼ達の上空に到達するや、真っ逆さまに円陣につっこんだ。
そして魔像兵に触れた途端に爆発し、衝撃で兵士を打ち倒した。
「式符か!」
かつてペッテルの仇であるランゲンマンハルゲン博士を追って西方も長く旅をしたフローゼは、当然、道士たちの使う霊符も知っていた。なお霊符とはオフダ全般の総称で、それを物理的に操って使うものを式符あるいは単に式、またイェブ=クィープでは式鬼ともいう。
人間であれば一発で絶命する威力の爆弾式も、魔像兵は倒れただけですぐに置きあがった。そもそも対人用の術なので、これはしょうがない。式が大量にあれば少しは破壊できたかもしれないが、20発ほどで切れた。常ならばそれだけで前線が崩壊する威力だが、魔像兵は無傷に見えた。
「かまわん、つっこめ! 押し囲んで真ん中の女を殺せ! あやつが術者だ!」
司令官がそう叫んで、兵を動かした。
微妙に見当違いだったが、完全に間違いでもなかった。
「各個迎撃しろ!」
迫りくる騎馬と雑兵を見やり、フローゼが叫んだ。
魔像兵はあまり細かい命令や、逆におおざっぱすぎる命令には対応できない。自律式なので自分で判断するが、それなりに的確な指示命令が必要だ。
その点、フローゼの命令は見事だった。簡潔、かつ的確だ。
密集陣形めいた長槍の襖が騎馬に向かって突きつけられ、さらに雑兵めがけて隣の槍と交互に上下した。馬は近づけず、兵たちは槍に打たれるか切っ先で切り裂かれるかで近づけなかった。ただの槍ではない。云うなればセラミック製だ。それが機械のような正確さとパワーで上下している。打たれた兵は一撃で脳天が割れて絶命するか、肩や腕の骨を砕かれて転がった。
これをすり抜けるには、互い違いで機械的に上下する槍と槍の合間をぬって、少しずつ接近するしかない。
そんな器用で勇気のある兵士が、何人いるか。
ほとんどいなかった。
が、何人かはいた。
いたところで、意味がない。
魔像兵に肉薄し、剣を振りあげたが、硬質な鎧状の肉体に歯が立たなかった。動揺して硬直していると強力に蹴り飛ばされ、転がったところを槍で突き殺された。
「なにをやっている!」
後方で馬上から部隊長たちが叫んだが、どうしようもない。
「弓だ! あの女を射殺せ!」
弓兵が遠巻きから、フローゼめがけて次々に矢を放った。
それを、二重円陣の内側を組む魔像兵の槍が正確に打ち払った。




