第17章「かげ」 1-9 2万体
3日後である……。
少し離れた冬枯れの林の近くで、一行がキャンプをしていた。
リン=ドンが清涼な泉を見つけて凍るような清水を補給し、プランタンタン達の食糧はオネランノタルやストラの次元倉庫から出している。
オネランノタルがそこらの土から、ガフ=シュ=インはイン=ブィール大平原で王都軍を迎え撃った時の数倍の規模の魔像兵をつくりあげていた。
その数、2万。
あの時は5日で2000体を用意したが、いまは3日で20000である。
いろいろ理由があって、ガフ=シュ=インでは身長が2メートルを越える魔像兵だったが、今回は170センチほどの通常サイズであること、ガフ=シュ=インでの経験でオネランノタルが製造に慣れたこと、さらにはデザインや機構が簡素化されたことなどだ。
魔族の発想だと外骨格人類になるので、我々のイメージではどうしても相変わらずロボット兵のようだが、云うなれば主人公機体のようにゴテゴテした装飾があるものではなく、量産機のようにシンプルで地味な見た目をしている。
それが3メートルもの長槍を構え、右腕には伸縮式の剣を内蔵していた。左腕の装甲が分厚くなっており、楯の代わりである。ヘルメットめいた頭部のスリットに光る一つ目が、完全にモノアイだった。装甲は土を魔力で変異させたもので、硬質な磁器めいて艶やかだったが、色合いは茶色がかったグレーの迷彩色で、かなり地味、かつ、いかにも人型軍用ユニットだった。
「そろそろ出撃できますか」
整然と並ぶ魔像兵の前に佇むオネランノタルに、ストラが尋ねた。オネランノタルは眠る必要も無く、不眠不休で魔像兵を製造している。
「2万でよければ、今夜にでも」
「2万で結構です。明日の朝、出陣しましょう。別に、こちらからどこの城や街を落とす必要はありません。まっすぐ王都を目指してください。向こうから攻撃してきてくれます。一方的に撃破し、撤退するものは追わなくて結構です。そのうち、魔王が出てくると思います」
オネランノタルが、ストラに四ツ目をやった。
「ちょうどいまさっき、代王から連絡があった。ヴィヒヴァルンの前王を暗殺したのは、影の魔王と呼ばれる存在で、かつてタケマ=ミヅカやマーラルの仲間だったゲントーとかいうヤツが、その影の魔王の可能性が高いそうだよ。しかも、相当な次元能力者らしい。気をつけることだ。『タジゲンドウジソンザイタイ』なのだそうだ。私には、意味が分からない」
「私には分かります。しかし、理論上の存在で、現物が確認された例はありません」
「では、これが初確認になるのだろう。ゾールンの本体もそうらしいよ」
「ゾールンも……」
「倒す法はあるのかい?」
「同時存在数にもよりますが、理論上は、当該次元に影響を及ぼす近似次元の全存在を同時に全て滅ぼせば、少なくとも当該次元に影響を及ぼすことは無くなると考えられています」
「できるのかい?」
「やってみないと分かりません」
「では、やってみるしかないだろうね」
「はい」
「キヒヒ……ストラ氏の近くは、未知と解明にあふれている。退屈という概念が存在しない。本当にストラ氏と出会ったのは、僥倖だよ。私は、幸せな魔族と云うべきなのだろう」
「そうですか」
ぶっきらぼうにそう残してストラがどこかへ行ってしまい、オネランノタルがニヤニヤして眼前の魔像兵団を見つめた。
(ククフキヒッヒ……フシュッシュ……! ガフ=シュ=インで作ったやつより、むしろ殺傷力は上がっているぞ! ……敵にもよるが、1体で20人は殺して見せよう)
それが20000体あるのだから、単純計算で40万の兵力を討ち滅ぼすことができる。
カァン州ローウェイより王都フアンまで街道を迂回して中央街道に戻り、そこを北上して約8日。ローウェイが滅亡したいま、カァン州の州兵も壊滅したに等しく、地方領主の兵など多くて数百、少なくて数十人程度なので、街道を続々と歩く不気味な軍団に恐れをなして震えながら見守るだけであった。
しかも、2万もの大軍である。
バーレ17州の兵を総動員して20万あるかないかなのだから、少なくとも2つ3つの州の兵を集めなくては、太刀打ちする気にもなれない。
緊急伝令が王都を含めて街道が通る2つの州にもたらされたが、既にタン=ルォンの意思を受けた丞相タン=シゥが、元帥リゥ=コーを魔王征討大将軍に任じ、大軍団を動員していた。
その数、タン家と王都防衛軍の合わせて5万。さらに街道の通っているラオイェン州とツイヂー州にも動員令が出された。他州にも、随時総動員令が発令される。
全てが集結すれば19万6千だったが、結論から云うと集まることは無い。
最先陣を任されたラオイェン州の太守クー=ガン=ランはあわてて州兵を動員したが、なにせ急なことだったので総勢8000のうち4500を集めるのがやっとだった。内乱は別にして、神聖帝国に何度かあった戦国時代でも、普通は外から攻めこまれるのだから、この内陸部では準備に余裕がある。




