第17章「かげ」 1-7 タン=ルォン
「イエ=ユエ殿……!」
緊張しつつ、少しホッとした表情で、王がそちらへ向かった。
この2名は親戚であり、この敷地内では同格の2人の王であり、事実上支配する者とされる者であった。
「不躾に参って申し訳もなく。し、しかし……」
声を震わせ、眼を泳がせてタン=ルォンが云った。
「かまいませぬ。こちらに……」
タン=イエ=ユエが、庵にタン=ルォンを招いた。
中は大きな火鉢で暖を取り、また茶の用意がしてあった。
はっきり云って、この茶に毒が仕込んであり、タン=ルォンが急死しても何らおかしくない。この寺院の敷地内は、そういう場所だ。代々の王がうかつに近寄ってはならないという掟は、王を護るためなのだ。裏王家にとって、表の王など人形に等しいのである。
それなのに、わざわざタン=ルォンが自ら掟を破っていきなりここに来たというのは……。
「まず、お座りあれ」
イエ=ユエにいざなわれ、ルォンが素直に席に着いた。眼が据わっている。普段であれば、タン=ルォン王もこのようなことは絶対にしないのだが……。
手ずから茶を淹れ、ルォンに差し出したイエ=ユエ、九尾の狐も真っ青な妖艶かつ殺気と妖気に満ちた笑みで、
「で、わざわざ掟を破り、何用ですかな?」
「イエ=ユエ殿。3本もの箒星を御覧になりましたか……」
「はい」
「凶兆も凶兆……大凶兆にて!」
「左様に御座りまするねえ……」
イエ=ユエが茶を王に差し出す前に、その茶碗で一口飲んだ。毒見である。
「どうぞ」
それをそのまま出し、ルォンが目元をピクピクさせて、一気に飲んだ。
既に、ルォンは重度の薬物中毒であり、元より裏王家の云いなりだ。
タン=ルォンは酒と女と音楽と詩と絵画を愛する凡夫で、いっさい政治には口を出さず、優秀な宰相がいれば最も望ましい王であった。ただ、悪辣な宰相であれば最悪の王でもあった。
バーレにあっては、子も成しており、役目ははたしている。政治も安定しており、皇帝府や他国とのいっさいの面倒ごとはイエ=ユエと裏王家がやってくれている。政治的な野心も野望も無ければ、なんの問題もない人生だ。
そして、じっさいこの王は野心も野望もない、風雅に没頭する穏やかで静かな人間だった。
それが、血相を変えて自ら裏王家に怒鳴りこんでくるとは……。
イエ=ユエも、少し驚いたのは事実だった。
「新たな魔王が、バーレに乗りこんできたと伺っております」
それくらいは、王にも報告する。
「御心配には及びませぬ。我らが対処致します。魔王は、我が国にもおりまする。凶兆を、吉兆に変えて御覧にいれましょう」
イエ=ユエが催眠術のような声で、そう云った。
「玄冬ですか……」
「左様に御座りまする」
「先日、ヴィヒヴァルンの老王を打倒するのに使ったばかりでは?」
「あのような死にぞこないなど、数にも入りませぬ。御心配は御無用にて」
イエ=ユエが眼を細める。じっさい、この声も言葉も催眠術である。常なら、王はもう人形のようにうなずくのみだ。
が……。
この日、王は自らの意思を保ち、執拗にイエ=ユエへ食い下がった。
「本当に使えるのですか?」
「使えまする。御任せいただきたく」
「もちろん……もちろん御任せします。しかし……」
「しかし……しかし、何で御座りましょう。御心配には及びませぬ」
そこでルォンが背筋を伸ばし、眼をむいてイエ=ユエを睥睨した。王のそんな態度や表情を初めて見たイエ=ユエ、正直に仰天して息を飲んだ。
「ならば、良し。タン=イエ=ユエ。シュアン=ドンを用い、バーレを侵略する不届きな魔王を容赦なく打倒せよ!!」
「あ……」
イエ=ユエが、眼を見開いてルォンを凝視した。
そして席を立ち、ニンマリと笑みを浮かべ、両袖を合わせて深く礼をした。
「畏まりまして御座りまする、陛下」
空間バリアに包まれたまま、凄まじい爆発による厚い雲から降り注ぐ黒く冷たい雨の中をかなり離れたところに飛ばされたプランタンタン達4人は、曇天の元でバリアが解除され、地面に降り立った。
爆心地のほうから吹きつける風が、生暖かかった。それほどのエネルギーが炸裂したのだ。




