第17章「かげ」 1-5 神くずれ
「そ、それが、なぜですか!?」
「だから、成れの果てと云っただろう。神の精神……そんなものがあると仮定して、だが……神の意思は、世界の限界に当たり、救世を託せるものを探してタケマ=ミヅカ殿を見つけた。だが、古ドルム帝国が崇めていたクールプールラーンの山々の……神の実体のほうは、その力を失って変質し……後世にシンバルベリルの元となった、巨大な漆黒の天然の魔力結晶と共に姿を隠した。……その神の成れの果てが、いま帝都になっている巨大な盆地の地下深くにいたのだ。当時は盆地エルフと呼ばれていた、現在の皇帝エルフたちが細々と暮らすだけの土地だったが……最後にして最強の魔王と成り果てた、その神くずれを倒すことになったというわけだ」
「なんと……!!」
「それがまた、異様に強くてなあ」
マーラルが顔をしかめてつぶやいた。
「ゾールンとはまた違った強さだった。この世界では、最強だったろうね。そりゃそうだよ、落ちぶれたとはいえ、本当の神だったからね。それに、なにせゾールンと違って我々は逃げられなかったしな。こちらが全員死ぬか、相手を倒すか……どちらかだ。まさに、最終決戦だったよ」
「そうでしたか……」
ルートヴァンも眼を細める。
「ブーランジュウはタケマ=ミヅカ殿を庇って死に、ゴルダーイは右目を失った。ブーランジュウは死ぬ間際に、シンバルベリルをゴルダーイに託した。ゲントーはおそらく戦闘で7回……いや、私が把握しているだけで、10回以上は死んだと思ったが……その都度、別次元のゲントーが現れた。が、最後に肉体が半壊して……次のゲントーが現れると思ったんだが、あいつ、そのまま消えたんだよ。いまにして思えば……その際に、タン道士がゲントーをどうにかしたんだろうな。当時は、とてもそんなことを考える余裕も無かったが……タン道士はその機を伺い、ゲントーを狙っていたのだろう」
「……とんでもない人物ですな、タン=ファン=リィは……」
「そうだなあ。ちょっと変わったやつだったが……その腹の中までは、読めなかったということだな」
「タケマ=ミヅカ様は、その時は如何していたので?」
「タケマ=ミヅカ殿は、3つに割れたクールプールラーン神の巨大なシンバルベリルと、そこで合魔魂を行い……新たな神となって、盆地の地下に沈んだ。あとは、生き残った我らが……現地で神の子と呼ばれて古クールプールラーン神の成れの果てに仕えていた少年を、新たにタケマ=ミヅカ殿に仕える皇帝とし……帝都の原型を作ったんだ」
「まったく知りませんでした」
「そうだろうよ。記録に残せる話じゃない」
「どうしてですか」
「タケマ=ミヅカ殿が古クールプールラーン神を倒したように、タケマ=ミヅカ殿を倒そうというやつが現れるかもしれんだろ」
「う……」
「しかも、ただでさえ、あそこはタケマ=ミヅカ殿の重さで時空が歪み……その隙間からわけのわからん連中が出てくるようになった。ただ出てくるだけじゃない。タケマ=ミヅカ殿を狙うんだ。理由は知らん。皇帝騎士と、魔術師協会の特任教授は神の防衛隊として創設された」
「そ、それは御爺様より聞き及んでおりました」
「まあ、そういうことだよ」
マーラルが杯を傾け、一息ついた。
「まだ、聞きたいことは?」
「はい。バーレは、タン=ファン=リィの孫が創設したと。どうしてです? チィコーザは、イヴァールガル王が帝国創設とほぼ同時に」
「最初は、タン=ファン=リィしかいなかったからな。いまのバーレの民は、あとからやって来たんだ。どうやって来たかは知らんが……」
「……世界の裏からですか?」
「おそらくね」
「信じられません」
「実際に来たものはしょうがないだろう」
「調べなかったのですか?」
「興味が無かったし、都市国家を創るのに忙しかったんだよ……」
「なるほど」
そこでルートヴァンがマーラルの酌で酒をあおり、
「ゲントーなのですが……影の魔王として、数百年から数十年に一度の頻度で使われたと考えられます。ですが、例えば私が魔王を自在に使えるとなったら、もっと使うと思うんですが……」
「そりゃ、なにか理由があったんだろうさ。知らないが」
「推測は?」
「推測か……そうだな……」




