第17章「かげ」 1-3 多次元同時存在体
「待て待て! 急には戻らんよ! 300年も力のほとんどを分身の維持に使っていたのだ……元に戻るったって、いつになるか。もしかしたら、300年かかるかもしれん」
「なんと……」
「しかし……そうなると、腰を据えねばならんな。なに、ここは、腹は減らんよ。それでも何か食べたかったら、外の世界からなにか出前でも取るしかない。眠くはなるから、好きなだけ寝ていろ」
「寝てる暇なんかありませんよ!」
ルートヴァンが興奮しだし、マーラルが苦笑する。
「じゃあ、ここはもういいだろう。外に出よう」
マーラルから先に躙り口から外に出て、ルートヴァンもまた苦労して這って庵を出た。
小鳥のさえずる庵の外の小春日和にあたって酒など飲もうものなら、たしかにいつまでも昼寝してしまいそうだった。
大きな酒甕から柄杓で徳利に酒を移して、泉を見やる籐の長椅子に座り、マーラル、
「順を追って云うとね……私が初めてタケマ=ミヅカ殿と出会ったのは、ゾールンの廃神殿でね。私は、タケマ=ミヅカ殿がこの世にあらわれる300年ほど前に、いちどゾールンをつついてみてね……そりゃもう、コテンパンにやられて。それで、下手につつくやつが出ないよう、見張っていたのさ。そこに、既に魔王を幾人も退治していたタケマ=ミヅカ殿らがやって来た。その時、既にゲントーはいたよ。確かにいた。ゲントーが、次元の隙間にいた私を見つけたからな。タン道士はいなかった。タン=ファン=リィは最後に仲間になったんだ」
「今の話だけで、既に質問が3つありますな」
ルートヴァンが苦笑しながら云った。
「順番にどうぞ」
マーラルも、苦笑して答える。
「ゾールンとは何者なんです? いつ、どうしてこの世界に? ゲントーが貴方を見つけたということは、ゲントーも次元操作を? ゲントーは、何なんです? タン=ファン=リィは、いつ、御仲間に?」
「3つじゃないじゃないか」
マーラルが愉しげに笑って、
「ゾールンがいつからこの世界で封印されているものか、さっぱり分からんね。地下書庫にもっとも古い記録があったとしても、おそらく既に封印されていたのじゃないか。この世界に人が現れる、ずっとずっと前からだと思うよ。何万年か、何十万年か、何百万年前か、もっと昔か知らんがね」
「それほど……」
「あいつは、多次元同時存在体だ」
ルートヴァン、前に会ったときにも同じようなことを云われたのを思い出した。
「同時存在……なんですか、それは」
「おまえさんも異次元魔王と出会って、この世界のほかにいろいろな世界があり、その世界のことを他の次元というのは認識しているだろう」
「なんとなくは」
「私も、次元操作系の力に特化した魔王だったが、その次元という概念はタケマ=ミヅカ殿と出会って学んだものだ。それまでは、単にちょっとした他の世界と行き来するという程度の認識だった」
「ハイ」
「それで、その次元というのは理論上無数に存在するのだそうだ。面白いのは、ここからで……中には、微妙に異なるだけで、ほとんど同じような世界も存在し、そこには、ほとんど同じような自分も存在することがあるという」
「ちょっと、よく分かりませんが」
「似たような他の世界に、似たような他のあんたが存在する場合もあるってことさ」
「はあ……」
「だが、他のあんたはいくら似ていても他のあんたで、あんたじゃないんだ」
「哲学的な話ですな……」
「ちがう、現実の話だ」
「ははあ……」
「ところがだよ……ところがだ。他の存在のはずが……複数の次元に存在する複数の自我のはずが……その自我を共有し、全て同じ存在だとしたら……? 複数の次元で、一個の存在が複数存在したら……? それが、多次元同時存在体だ」
「ピンときませんな……」
「まあ、話だけならそうだろうよ。ところが、私は現実でそれを見た」
「ゾールンですか?」
「ゲントーだよ」
「…………」
ルートヴァンの眼が見開かれた。




