第17章「かげ」 1-2 ゲントー
「次はこっちだ。代王も飲るかね?」
「先ほどの椀でなければ」
ルートヴァンがそう云い、マーラルは肩をすくめて小さなぐい飲みを2つ用意した。そこへ帝都のリヤーノ酒を注ぎ、1つをルートヴァンに渡した。
「ストラ殿に」
「異次元魔王様に」
2人で杯を捧げあい、一気に飲み干す。
「……で、御忙しい代王がわざわざ、なんの用かね」
さっそくマーラルが手酌で御代わりを注ぎ、そう云った。
「聴きたいことは、山ほどあり申す」
「手短にしたほうが、御主のためだ」
「わかってますよ」
ルートヴァンが苦笑し、マーラルの酌で酒をあおった。
「ゲントーとは何者です。いま、どこでどうしているのです?」
「ゲントーな……」
マーラルが、なんとも云えない顔つきになった。
「都市国家管理人のほうのマーラル殿は、よく分からん、などと云っておりましたが」
「その通りだ。よく分からんね」
「そこを、分かる範囲で……」
「なぜ、あやつにこだわるのかね」
「その者が、バーレ王国の使う影の魔王の可能性が」
「影の魔王!? なんだ、それは」
「御存じありませんか」
「知らんよ。私は、地下書庫には入れないからね」
「なるほど……」
そこでルートヴァンが、ペッテルの調査結果と2人の推論を説明した。
「タン道士な……」
マーラルが、そちらに食いついた。
「タン=ファン=リィなる者は、我々と同じ世界の者であるというのは、まことで?」
「それだよ。はっきり云って、タケマ=ミヅカ殿やロンボーン、ゲントーは、いくらこの世の理で説明できないと云っても、違う世界……異世界の存在だ。乱暴な話ではあるが、逆にそれで説明できる。だがね……あの道士は、1000年の昔に世界の裏からやって来たのさ」
「私もそこが気になりました。現代ですら、よほどの転送魔法か魔法の乗り物が無くては……とても。聖下やマーラル殿と同じく、次元を操作できるのなら話は別ですが……いまよりずっと魔力が濃く、現代よりずっと強力な魔物や魔族が現代の10倍はいたであろう1000年前に、世界の裏ではすでにその法が? そのわりに、現代ですら、世界の裏からこちらに人など滅多に訪れますまい」
「それなんだよ。けっきょく、一番の謎はあの女だった」
「女なのですか」
「しかも、若いぞ。見た目はゴルダーイが最も若かったが、あいつはエルフだし……実際のところ、タン道士が一番若輩だった。とはいえ、24歳くらいだったはずだが……なにせ、いまの西方人やその祖先の世界の裏側の連中は、実年齢より見た目が若いからな。15くらいにしか見えなかったよ。もっともそれは、タケマ=ミヅカ殿もそうであったんだが……タケマ=ミヅカ殿は、そもそも我らとは年の取り方がちがっていたらしい」
「それは、どういうことですか?」
マーラルの酌を傾けつつ、ルートヴァンが尋ねた。
「どういうことって云われても……よく分からんのだが、そういう人類だったとしか。タケマ=ミヅカ殿は、違う世界の人間だというのは、そういうことだ」
「タン=ファン=リィに戻りまして……その者は、タケマ=ミヅカ様が神となられたのちも、初代皇帝の補佐を?」
「そうだよ。私とイヴァールガル、タン道士で神聖帝国の礎を築いた」
「その時には、ゲントーは?」
「ゲントーは、最後の戦いで可成りやられたからな……私は、それで消えてしまったと思っていたんだが。その後も、二度と現れなかったし……てっきり、タケマ=ミヅカ殿の支配を逃れて、元に世界に戻ったものと……」
「え……すみません、ゲントーはタケマ=ミヅカ様が支配していたのですか? 最後の戦いとは……ゾールンとの戦いのことですか?」
「話すと長いんだよ……」
「そこを何とか。長くなるのであれば、外の世界とここと、時間の流れを変えてくだされ。1日2日ならつきあいますし、最近休みが取れなくて……ちょうどよい休息に」
「そうは云っても、今の私の力では、それこそ1日2日が限界だ」
「そうそう! マーラル殿は、魔王の力は戻らないので!? 戻るのであれば、是非……」




