第16章「るてん」 6-14 グイヤン
「太守様、しっかり……」
這うようにしてなんとか部屋にたどり着くと、広い部屋もびしょびしょ、一部がツルツルで、ツーァン=カンが息を飲んだ。
大きな家具が軒並みひっくりかえって、高価な陶磁器や装飾品がみな床に投げ出されて壊れていた。
その惨状にツーァン=カンが悲鳴を発したが、なにより息を詰まらせたのは、掛け軸の裏の隠し扉が破壊されでいたことだ。
無何有を厳重に秘匿していた金庫代わりの細工箪笥もバキバキに破壊されており、高価な磁器による菓子入れのような小さな入れ物が床にひっくり返っていた。
「あああっ……」
ツーァン=カンが、這いつくばってその菓子入れを拾った。
中には、高い金を出して少しずつ買いためていた無何有が入っていたが、とうぜん空っぽだった。
既に、リン=ドンは次の目標であるグイヤンの本部へ向かっていた。
あんな少量を喰うのに、城の兵や道士(役人)とやりあっている場合ではない。費用対効果が悪すぎる。
またリン=ドンは、次のグイヤンこそがこの仕事の大本命だと思っていた。
なぜなら、チィシャンだかの謎の組織は、良く分からないが都市内では規模が小さすぎ、人や魔物の気配もそれほどではない。理由は分からないが、無何有もほとんど保管していないという。
(おそらく、オネランノタル様やリースヴィル殿が向かった古城とやらに、保管しているのだろう。そちらこそが、チィシャンやらの本部に違いない)
反面グイヤンにはこの街の魔族やら魔物やらが集中しており、無何有を含めた大量の薬物を管理・保存している。
(魔物や魔族は、薬物の護衛だ……)
リン=ドンとて、苦戦は免れないと思われた。
(ククク……だが、我とて500年を生き、水気を凝縮した大妖だ……魔宝珠(シンバルベリルのこと)は無くとも、魔王様に良い所を見せられるはず……!)
ローウェイ城より再び暗黒街に戻ったリン=ドン、ルゥ商会よりさほど離れていないところの大きな屋敷兼事務所に近づいた。ルゥ商会の騒動はすでにグイヤンに伝わっており、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。グイヤンの党首でルゥのパトロンであるホウ=ラオが怒り狂って、手下や道士、それにグイヤンで飼っている魔族を動員してルゥ商会を襲った怪物を探索していた。
その騒ぎを闇から覗いていたリン=ドン、面白いことに気づいた。
あのクモ魔族、グイヤンでもその存在と襲撃を把握していなかったようなのだ。
それに、ルゥはグイヤンを頼らずに、いきなり街の道士を経由して王都の道士……ヅーウァン=シャンを呼び寄せていたという。
「どうして、俺に一言もなく……!」
ホウ=ラオが、悔し涙に濡れていた。
「その王都の道士と、連れの東方の冒険者どもを探し出せ! そいつらが怪しい!」
そういう命令が発せられて、州都に人と怪異の探索網が走っていた。
(なかなか鋭いな)
闇で、リン=ドンがほくそ笑んだ。
結論から云うとこれはたまたまで、当初、そんな手強い魔族が現れたと思わなかったルゥ、旦那であるホウ=ラオの手を煩わせるまでも無いと判断し、街の一般的な道士を使った。その道士が、碌に退治もせずに、
「私の手には負えませぬ」
などと云って、勝手に王都から同じ派閥のヅーウァン=シャンを呼んだのだ。
しかも、手配の良いことに、王都からローウェイまで最低でも10日はかかるのに、翌日にはもうヅーウァン=シャンはローウェイに現れた。たまたま近くにいたのか、その道士が予め呼びよせていたのか……いまとなっては分からない。
そうしてヅーウァン=シャンが張り切って退治をしたが、クモ魔族が大暴れしてその正体を現し、ルゥは卒倒。ヅーウァン=シャンが逃げ出して……ストラたちと出会ったのだった。
従って、ルゥ商会ではグイヤンとホウ=ラオに知らせる間が無かったし、知らせるまでも無くオネランノタルとリースヴィルが退治してしまった。
それが、つい先日のことだ。
そして、今日、ルゥは謎の怪物に喰い殺され……無何有も無くなっていた。
その情報はホウ=ラオに伝わり、曲者どもの目的は端から無何有ではないかと判断した。曲者を探すと同時に、グイヤンでは急いで護りを固めた。
魔族が3体、大型の魔物が5体、魔族と魔物の中間ほどの、先日のクモ魔族のような存在が3体の、合計で11体の怪物どもがグイヤンの屋敷でも特に頑丈に作られた蔵の警護に着いた。そこの護りはそ奴らに任せ、人間は全て街に散った。
(さすがに多いな……手の内の魔を全てを集めたか)
リン=ドンが焦らず、様子を見る。




