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第16章「るてん」 6-13 太守ツーァン=カン

 「こ……この奥の建物にて……」

 「案内しろ」

 「わたくしの身分では……手前の門までしか……」

 「そこでよい」

 「ハハッ……」


 役人が城内の敷地を小間使いの少年を連れて歩いている姿は奇妙だったが、無くは無かったので、みな奇異の目を向けつつも特に何をするというでもなく、2人は太守の公邸と執務所を兼ねている大きな楼閣付の屋敷の手前まで来た。


 門には警備兵が4人も立っており、

 「どうしました? 止まって下さい」

 と衛兵が声をかけた時には、妖術はもう解けていた。

 「……? あ、いや……? なぜ、私はここに……?」

 「知りません」


 中級役人が首をかしげながら戻り、門の楼閣の上からリン=ドンがひと飛びで屋敷の屋根に移った。


 まだ昼前だったので、太守ツーァン=カンは政務を執っていた。ここまで来れば、些細な量でも無何有ミレドの臭いで分かる。魔薬は合成に魔力を使うので、魔力を嗅ぐことができるのだ。しかも、無何有ミレドはかなり特殊な合成法を行うため、独特の臭いがする。それをいったん覚えてしまえば、リン=ドンほどの魔族であれば、容易に嗅ぎ分けられる。


 屋敷の傍に大きな池があり、うっすらと氷結していた。


 その氷気と水気を得て、蛟竜こうりゅうが正体を現しつつ、冷たい霧に変化して屋敷に侵入した。


 (なんだ……急にうすら寒く……)

 延々と書類に裁可のサインを書いていたツーァン=カンが、身震いした。


 見ると、今さっきまでま空気窓に赤々と火の見えていた大きな石炭ストーブが消えている。


 筆を置き、席を立って、自らストーブに近づいた。

 「おい、おい!」

 「ハッ」

 部屋の隅に控えていた中年の使用人が飛んでくる。

 「火が消えていないか?」

 「ハッ、申し訳ござりませぬ!」

 「いや、其方のせいではない。火は間違いなく、ついていた」

 「ハハッ……恐れ入りまする。いま、すぐに……」


 使用人がそう云って、ストーブの蓋を開けた。が、怪訝な顔をして、首を何度もひねった。


 「いかがした」

 「太守様、御覧を」

 使用人が云い、ツーァン=カンがストーブを覗きこんだ。

 「……濡れている……のか……!? これは……」

 大量の水をぶっかけたかの如く、ストーブの中はびしょ濡れだった。


 かと云って、ストーブから水が滴っているというわけでもない。内部だけが、濡れつくしている。


 「面妖な……」


 執務室に、うっすらと冷たい霧が立ちこめていた。通路にも霧はあふれ……太守の私室に向かう通路は真っ白な濃霧が霜となって凍りついていた。


 「なんだ、これは……!」

 使用人や役人が驚いて立ちすくんでいた。

 と、バギン! バリバリ……! という音がし、使用人たちが身を震わせた。

 それからガタンガタンと、明らかに家具類をひっくり返す音がして、

 「と、盗賊だ!!」

 「出会え、出会え! 太守様の部屋に賊だ! 兵を呼べ!」


 近くにいた何人かの衛兵がすっ飛んできて、ツーァン=カンの部屋に向かって走り、通路を覆いつくした霜に滑って転んだ。


 「何をやっておる!」


 太守家の奥を支配する役人が叫び、近くにいたツーァン=カンの妻もやって来た。


 「何事です」

 「お、奥様……危のう御座る! おまえら、奥様に御下がりいただけ!」

 女官たちが抱えるようにして妻を下がらせた。

 「太守様に御知らせを!」


 使用人がストーブから濡れ石炭をかきだしているのを見守っていたツーァン=カンの下に、役人が駆けこんだ。


 「太守様、御部屋に賊が!」

 「ナニィ!?」

 ツーァン=カンもあわてて長袖を振り回し、走った。

 だが、衛兵らと同じく、私室に向かう通路で滑って転び、したたか腰を打った。

 サンダルに近い履き物で、霜が凍結してツルツルの通路を進むのは無理だ。

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