第16章「るてん」 6-11 ルゥ商会
「合点だ! いくぞ、2人とも!」
フューヴァがそう云い、プランタンタン、
「旦那も御気をつけてくだせえ!」
小走りで通路の奥へ消えた。
リン=ドンは闇から闇に渡りながら、街全体の気を探った。こんな展開になるとは思ってもおらず、昨夜は食いすぎて普通に寝ていた。改めて街を探ると……。
(なんだ、ここは……魔物や魔族がウヨウヨいるじゃないか……!)
およそ、こんな大きな街に潜んでいる規模ではなかった。まったく気づきもせず、呑気に飯を食っていた自分に笑ってしまった。
(これだから、田舎の怪異は世間知らずで使えない。困ったものだ)
自嘲気味にそう思って苦笑した。
(魔王様の御傍にいるうちに、少しでも学びを得なければ……!)
そう、決意を新たにする。
魔物どもは、先ほどストラが云っていた鬼眼なる組織と、岐山なる組織の周辺に特に多い。
(と、いうより、そいつらが妖怪どもを使っているようだ)
非合法の闇組織と云っても、魔族や魔物を使うのは多くは無い。それほどの高レベル魔術師(この国では闇の道士)が必要だし、リスクも大きい。
(しかも、あのルゥなる女主人が、グイヤンの頭目の愛人とは……? どうして、あの妖怪がルゥ商会に現れたのだ?)
よく分からなかった。
(直接、聴いてみるとしようか)
闇から闇に渡るあいだに、少年の姿は長さ30メートル、胴回りも3メートルはあろう大蛇と竜の中間の姿に変わっていた。蛟……蛟竜だ。水気がふんだんな場所ではないので力は制限されるが、この姿であれば、昨日のクモ魔族程度なら敵ではない。
(ククク……人も怪異も食い放題とは、太ってしまうなあ)
大蛇と竜の中間の顔を喜悦にゆがめて、リン=ドンはさっそく今朝、出たばかりのルゥ商会に迫った。
商会では、ストラたちが出た後に1件の商談を終えたルウと番頭らが、菓子と茶と煙草(の、ような喫煙するもの)で一服していた。
「あんな化け物が出た時はどうしようかと思ったけど、ヘボ道士がうまい連中を連れてきてくれて大助かりだったねえ」
廃棄品の無何有で儲けたのがよほど嬉しかったのか、もう酔っているかのようにルゥは饒舌だった。
「いまとなっちゃあ、あのバケモノは福の神で……」
番頭の言葉に、煙を吐いてルゥ、
「それほどじゃあないよ。ぶっ壊された建物も修繕代もあるし……掃除もしないと」
「そうですよね」
「しかし、あんでまたあんなおぞましいバケモノが……」
クモが大嫌いなルゥ、顔をしかめてそうつぶやき、真っ黒く蠢く巨大クモを思い出して身をよじった。
「あの不吉な箒星のせいかねえ……」
「それも、3本も出やがりましたからね!」
「まったくだよ。何か、関係があるものか……」
「では、あのクモは本当におまえの旦那が飼っている怪異ではないのだな?」
「えっ?」
野太い声が部屋に響き、室内に霧が立ちこめたのでルゥと番頭どもが立ち上がった。
「な、なんだ、なん……!?」
ねっとりとまとわりつくような、深山幽谷の泉の妖霧に、ルゥが身震いする。部屋の大きな石炭ストーブの火が消え、オンドルの熱も急激に奪われたので、たちまち部屋は外気のような寒さになった。
「なんなんだよ!?」
恐れおののいてルゥが部屋を出ようとしたが、出入口の扉が凍りついて動かなかった。
「なん……おい、戸をぶち破りな!」
番頭らがよってたかって肩から扉に何度も体当たりをしたが、びくともしなかった。
「おい! おい!! 誰か、誰か!」
扉を叩いて、番頭が叫んだ。
そのころには、霧が凝縮して、派手な恐竜めいた蛟の2メートル近い頭部が、天井際の空間に現れた。
「……ヒ……!!」
涙目のルゥが、ガクガクと震えながら腰を抜かしてへたりこんだ。
「うわああああ!!」
番頭らも悲鳴をあげ、ますます扉を叩いた。
「魔王様を謀った罪を、償ってもらおうか……」




