第16章「るてん」 6-8 ハナクソ
ルゥが席につき、ルゥのぶんの高級茶も用意され、ストラたちの茶も新しいものに取り換えられた。さっそくルゥが、
「ストラ様、先日の御話しですが……御力になれるかどうかは分かりませんが、命の恩人で御座います。善処いたしますので、是非とも詳しく……」
「はい。こちらこそ、ルゥ商会で取り扱っているかどうかも分かりませんので、まずは話だけでも。この街は、王都に無何有を卸していますね?」
フューヴァや番頭が小さく息を飲み、ルゥは妖怪めいて微笑んだ。
「よく御存じで……流石で御座います」
「街で製造をしているのですか?」
「我らは存じません。我らは、品物を流通しているだけですので」
「製造組織は別に?」
「そうなりましょう。ただし、組織を探しても無駄です。秘されております。万が一探し当て、尋ねても無駄です。必ず、我らを通していただきたく……」」
「もちろんです。商習慣は護ります。では、こちらでは無何有を王都に?」
「私どもだけではありませんが、商会で取り扱っております。しかし……」
「私たちには売れないと?」
「王都との取り決めで御座います。御売りできたとしても、ストラ様が御望みになられる量は難しいと存じます」
「極少量なら、分けていただけるのですか?」
「王都をごまかせる程度の量なので、本当に少量になりますが」
「そうですか。では、まずその極少量を頂きます。いくらですか?」
「1粒、800トンプになりますが……」
番頭が少し動揺し、思わずルゥを見たがすぐにストラを向いた。動揺をストラたちに見せるわけにはゆかなかったが、
(旦那様、ふっかけやがったな、また……!)
内心、驚愕していた。ふだん王都に卸している額の4倍だ。なお、ふだんは、我々の卓上コショウ瓶ほどを4万~5万トンプで流通している。
「粒単位ですか?」
「大変申し訳ありませんが、ストラ様に御売りできるのは……」
それも、粗悪品のため検品ではじいたものだろう。ルゥが何粒ストラに売るつもりなのか分からなかったが、番頭は恐れ入いって冷や汗をかいてきた。なにせ、相手はあのバケモノを難なく倒した魔術師の、さらのその主人だ。もっと強いということなのだ。
(旦那様は、このガキがあのクモ野郎を倒したところを見てねえからな……)
番頭がリースヴィルを凝視し、唾をのんだ。
「かまいません、その値段で、売れるだけ売ってください」
ストラが澱みなくそう云って、
「かしこまりました」
ルゥが、無言で右手の長い袖をあげた。出入口に待機していた男が両手を合わせて礼をし、下がった。
そして、あまり時を置かずに、やたらとうやうやしく最高級の螺鈿細工の台と小皿に乗せられた無何有が運ばれてきた。
番頭がその演出に舌を巻き、ルゥを見やった。案の定、小皿の上に乗っている5粒の結晶は、いつもは廃棄対象の粗悪品だ。色も悪いし、純度も低い。なにより形が悪い。小さくて、吹けば飛ぶような欠片だ。
ストラが目だけを動かして、卓におかれた小皿の中の結晶を見つめた。
フューヴァは、
(なんだ、こりゃ……?)
と眉をひそめ、リースヴィルも胡散臭げにルゥを見つめていた。
「こんなハナクソみてえなやつが、4000トンプもすんの?」
フューヴァが思わずそう云いかけ、あわてて咳払いをした。
(プランタンタンがこの場にいたら、暴れてるぜ)
そう思い、ルゥと小皿の上の乾いたハナクソを見比べる。
「聖下、よろしいですか?」
確認のため、リースヴィルがストラにそう尋ねたが、ストラは、
「かまいません。これを頂きます」
即答した。ルゥが満面の笑みとなり、
「では、商談成立ということで、4000トンプで御座います」
「リースヴィル」
「ハッ」
リースヴィルは改まって、
「ルゥさん、では、4000トンプです」
リャンタン市で両替したバーレトンプを、さっそく取り出し、机に並べた。500トンプ銀貨8枚だ。バーレは銀山が多く銀が主流で、金はほぼ流通していない。1000トンプから上は交易用の棒貨幣があるが、それを扱うには当局の許可が必要で、ストラたちは持っていない。
ルゥがうやうやしく両袖を合わせて礼をし、銀貨を手品のように袖のうちに隠して番頭へ渡すと、油紙の薬袋のような小さなフルトス紙の袋に無何有をうやうやしくつまんで入れ、ストラに差し出した。




