第16章「るてん」 6-5 クモ魔族
そこで周囲を見やってビクビクしているヅーウァン=シャンに向かい、リースヴィルが、
「おい……おい!」
「アッハイ!」
「どういう状況で、ここに魔族が?」
「憑りつかれたっていう話でして……この街の道士じゃ埒が明かないから、王都に要請があったんです」
「王都の魔術師……いや、道士の組織かなんかに?」
「そうです、わたしの師匠筋が、仕事を仕切ってまして」
「それで、なんであんたを派遣したんです?」
リースヴィルは「あんたなんか」と云わなかった自分を、内心ほめた。
「こ、これでもわたしは、そこそこ腕が立つんですよ! あくまでそこそこですけど……ハナシがちがったんです! あんな大物だったなんて……逃げるのが精一杯だったんですよ! どっちにしろ、わたしだって死にたくありませんから。死ぬほど代金もらってませんし、死んだら意味ないでしょうよ」
「確かに……」
妙にそこだけ正直で、リースヴィルは苦笑しながらそこは好感を持った。
と、ヅーウァン=シャンが通路の途中で立ち止まって、
「そっ……そこの奥の間です。家に憑りついたようです。店の者を、少しずつ食っていたということですが……女主人のクォウ様も、食われかけたとのことで……」
「屋内にそんなバケモノがいたんじゃ、確かに商売どころではない……」
奥の間の気配を探ったが、東方の魔族とは少し異なるものの、確かにまずまず強力な魔族のにおいがした。少なくとも、こんな人家の奥に潜んでいるような代物ではない。
(これは、僕と同等か……?)
リースヴィルが余裕と慢心を捨て、オネランノタルへ魔力通話。
「オネランノタル様……聴こえますか」
「聴こえる。既に私も探っている。まあまあじゃないか? リン=ドンよりは強そうだ」
「それほどでしょうか?」
「そうだな……もちろん、ストラ氏が出るほどではないが……私も準備しておこう。おまえだけで無理そうなら、私のところまで追い立てろ」
「わかりました」
玄関先で黒いカーテン・ゴーストみたいな姿のオネランノタルが、こっそりリン=ドンに耳打ちする。
「おい……」
「なんでしょう?」
「思っていたより手ごわそうだ。場合によっては、リースヴィルがこっちに追い立てて私が倒す。ストラ氏に抜かりはないと思うが……3人を護ってやってくれ」
「御安い御用です」
リン=ドン、静かに水気を放ち始めた。
奥では、リースヴィルがいつでも攻撃できるよう魔力を練りながら、ズカズカと魔族の結界に入った。
「き、気をつけてください!」
「おまえも来いよ」
リースヴィルが殺意と魔力に光る眼でヅーウァン=シャンをふり返り、涙目でヅーウァン=シャンが後に続いた。
「そ……そこを曲がった、通路の突き当りに巣くってます……」
ヅーウァン=シャンが小声で云い、リースヴィルが容赦なく通路を曲がった。
とたん、使い魔めいた小型の魔物が大挙してリースヴィルにとびかかった。魔蟲というには大きく、人の子供ほどもある真っ黒い毛むくじゃらのクモだったので、リースヴィルと同じほどの大きさがあった。
その数、10はいただろう。
「……ヒィヤアアアア!!」
ヅーウァン=シャンが泣きながら悲鳴をあげ、クモに埋もれてしまったリースヴィルを残して逃げようとしたが、奥の暗がりから先端に粘着液の球のついた糸が飛んで、ヅーウァン=シャンの足にへばりついた。
ヅーウァン=シャンが豪快に転んで、鼻血を出す。
「あふ、あいや……!」
「獲物を連れて戻ってきたのか」
魔族特有の魔力合成音がし、通路の奥から巨大な12本脚のクモのバケモノが現れた。いや、クモとサソリの中間というか。背中や腹部には甲羅のような装甲板があり、脚のうち、4本はヒトを難なく切断できるハサミになっている。体格は4メートルほどもあり、大部屋いっぱいに陣取っている。不気味に赤い光を放つ眼が15もあった。口のような部分には、生きたまま人間を切り刻み、咀嚼する細かく尖った歯がジャシジャシ、チャリチャリと蠢いている。その口から、デロデロと魔族特有の甘味が腐ったような臭いのする粘液が垂れていた。
「あぶぅあ……あわ、あわわわ……」
ヅーウァン=シャンがひきつけを起こして、涙目で魔物を凝視した。




